◆3日目 夜 ~Lost memories~
ー17ー
「ヒバナ、夜遅くにごめん。まだ起きてる?」
「ミズキ? いいところに来た~。お願い、助けてほしいんだ」
月明かりに照らされた薄暗い病室の廊下。
遠慮がちに声を掛けると、声を潜めつつも助けを求める声が返ってきた。
静かに扉を開けると、できるだけ身体を動かさないようにしながらこちらを手招きするヒバナの姿と、彼女にもたれかかって眠っている仄の姿が目に入る。
「仄ちゃん、ずっと一緒にいたの? 疲れて眠っちゃったんだ」
「そうそう、本当に今日はもうずっと! ご飯食べる時までここにご飯持ってきて一緒にね。久しぶりに会えたから、逆に寂しくなっちゃったのかな」
「……そうだね。キミと久しぶりに会えたし、かなり心配してたしね」
「そこまで慕われてるって思うと、ちょっと嬉しいけどね」
照れくさそうな笑顔を浮かべながら、ヒバナは仄の髪を優しく撫でる。
「仄ね、 “
「なるほど。それは正しく “シンデレラ” だ」
「だからちょうどふたりが来てくれてよかった~。本当はその……友人の日比谷君とか呼ぼうと思ったんだけど、ちょっと避けられてるみたいでさ。だからこの子のこと、控室まで送ってってもらいたいんだ」
「任せて」
頷いて仄を引き取ろうと近づいた2人をヒバナは見上げた。
「それで、ふたりはこんな時間にどうしたの?」
「……なんか急に、ヒバナに会いたくなって」
「えーなに? 嬉しいこと言ってくれるじゃん! もっくんてば~」
一瞬言葉に詰まった後、少ししどろもどろに答える木蓮の脇腹をこのこの、とヒバナがつつく。
わわ、と身を捩る木蓮の様子にクスリ、と笑ったミズキをヒバナはじっと見つめた。
「あのさ、ふたりとも私に隠してることある?」
無言で自分を見つめ返すミズキと、びくりと微かに肩を揺らす木蓮を交互に見ながら、ヒバナは言葉を続ける。
「別に変な意味じゃないんだよ。……ただなんとなくその、さっきみたいな雰囲気とか、今朝灯君と閃君っていう子が来た時の仄の感じとか、ね。なんかこう、引っかかるっていうか」
「隠し事……か。バレちゃ仕方ないね」
一瞬目を伏せたミズキが微かに笑いながら、小さな紙袋をヒバナの前に掲げた。
「実は、今日木蓮とデートしててさ。で、これはお詫び兼差し入れ」
「え~、私を差し置いてふたりだけなんて狡い!」
むくれっ面をしながら紙袋の中を覗いたヒバナは一転、小さな歓声を上げた。
「わ~、ホイップマシマシスペシャルイチゴチョコクレープじゃん! さすが、分かっていらっしゃるではないですか〜」
「毒島先生には内緒だよ。そろそろ甘いものでも恋しくなるかなと思ったからさ」
「へへ、ミズキも
満面の笑みを浮かべながらヒバナはクレープを取り出し、木蓮の前に差し出す。
「はい、もっくんの分。一緒に食べよ!」
差し出されたクレープを黙って見つめていた木蓮は、耐えかねたようにぽつりと呟いた。
「……ミズキ。俺、ヒバナにこれ以上隠し事はできないよ」
膝の上で拳を握りしめる木蓮の肩に、ミズキはそっと手を添える。
「……うん、そうだね。ボクもだよ」
そのままミズキは、クレープを差し出したままきょとんとしているヒバナの前にゆっくりと腰を下ろし、まっすぐに彼女を見つめた。
「ごめんヒバナ、隠し事……うん、キミに言ってなかったことが、ボク達にはあるよ」
空気が変わった2人の様子に、緊張した面持ちでヒバナは姿勢を正し、黙って続きを促した。
「さっきキミが言ってた日比谷閃君。ちょっと余所余所しいって、避けられてるかもってキミが感じていたのは、間違いじゃないと思う。……あの子は、キミと今日初めて会ったわけじゃないんだ」
「え? それってどういう……?」
「麻倉仄ちゃん、日比谷閃君。ふたりとも、君の大切な教え子なんだ。昨日もお見舞いに来てたんだよ、みんなで。その時は、灯君も含めた3人でキミに会って、キミ達は本当に楽しそうに笑ってた」
「え、嘘……だって、だって私知らないよ! 覚えてない……」
「……」
「冗談だよね? からかってるんだよね? ミズキ。良くないよ、そういうの」
怒った様に睨みつけるヒバナの視線を、ミズキは哀しげな顔で黙って受け止める。
その瞳に、今朝の少年の瞳が重なった。
――何故、あの子はあんなにも、哀しい目をしていたの……?
心の奥底で引っかかっていた疑問が、ムクムクと鎌首をもたげる。
――もし、もしミズキの言う通り、あの子が私の大切な教え子なら。
知らない。知らない。覚えてない。
――どうして、私の中に、なにも無いの…………?
噛み合わない記憶との違和感に気分が悪くなる。
――お願い、そんな目で私を見ないで。
湧き上がる悪寒に、ヒバナは思わず身体を震わせた。
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