ー15ー
「ミズキが、死ぬ…………?」
ミズキの腕にしがみついたままの木蓮が、茫然と呟く。
「そうだ。移植手術をすれば、確かに宵街は助かる。……だが、朝宮は死亡する」
「そんな……」
傍らのミズキは微動だにしない。
途方に暮れたまま、木蓮はさらに強くその腕を抱きしめた。
毒島の声が、ひどく遠くから聞こえている。
揺らぐ水面の向こうで何か話をしている。
いや、聞こえてはいるが、果たして聞いているのかもわからなかった。
ぐるぐる、ぐるぐる。
思考の渦が意識を底無しに引き摺り込んでいく。
――「お前は、死ぬ」
ボクが、死ぬ。
ボクの命があれば、ヒバナを助けられる。
ひたり。
ひんやりとした腕が、首に絡みついた。
痩せ細った身体に背後から抱きしめられる。
その腕はあくまで優しいのに、じわじわと喉が圧迫されて息ができなくなる。
耳元で愛おしげに呼ばれるその名は、甘い毒。
少しずつ
――「ミズキ」
暖かな光。
絶対に、喪いたくない。
「「ミズキ!」」
記憶から響く声と、鼓膜を震わす声が重なり、濁流に押し流されそうな思考がぐっと引き戻された。
茫洋な意識のまま引かれた腕を見下ろすと、心配げに自分を見つめる月の様な瞳。
「ミズキ……大丈夫?」
「もく、れん……? ごめん、ちょっと、その、びっくりして…………」
緩く頭を振ると、ぎこちない笑みを返した。
そっと自らの首元に触れる。
冷たい腕の感触が、微かにこびりついていた。
「今、俺が話せるのはこれだけだ」
じっとその様子を見つめていた毒島は、重く息を吐く。
「俺は、医者だ。……目の前の患者を助ける方法があって、自分にそれが出来ることならどんな事でもやる」
毒島は更に何か言葉を続けようと口を開きかけたが、抑えるように唇を噤み緩く首を振った。
「これだけは言っておく。……お前達がどんな選択をしても、俺はそれを支持する。お前達が選んだ結論が、正しいんだ」
* * *
重苦しい沈黙を抱えたまま、一行は院長室を後にした。
「……あの、ミズキさん」
「あ……ごめん、何かな」
思案の泉に沈みかけていた意識が、閃の躊躇いがちな問いかけで浮上する。
「その……さっきの話、なんですけど」
「……うん」
「仄には、伝えるんですか」
ミズキは質問の意図を推し量るように、閃の顔を見つめた。
「その、今日仄は多分、ずっとヒバナ先生のとこにいると思うから……」
「ああ、そっか。……そうだね、伝えたいと思ってるよ。他に方法がないかもう少し探すつもりだけれど。でも、万が一の時はボクがあの子を必ず助けるから。だから、心配しないで。……って」
「……」
「……ヒバナにも、ちゃんと話さなきゃ。でも、仄ちゃんとは別々の方が良いだろうし、どうしようか」
『おれが、いう。ほのかにだけ、つたわればいいんだろ』
「そっか、灯君ならそれが出来るんだね。じゃあ、お願いしても良いかな」
『わかった』
「……」
頷く灯に、閃は何か言いたげな目線を一瞬送るが、そのまま黙って俯いた。
「すみません、俺、今ちょっとぐちゃぐちゃしてて……。今日はこれで失礼します」
そのままミズキと木蓮に一礼すると、くるりと踵を返し小走りに去っていく。
灯はぞんざいに頭を下げると、慌ててその後を追っていった。
「……ねえ、木蓮」
遠ざかる少年達の背中を見送りながら、ミズキは傍らで寄り添う木蓮の手にそっと自分の手を重ねた。
「なに?」
「ちょっと、付き合ってくれないかな。……色々、整理したいんだ。情報とか、自分の気持ちとか」
「いいよ。俺も、ミズキとちゃんと話したい」
「ありがとう。どこがいいかな、ゆっくりと落ち着ける場所」
「じゃあ、あそこがいいな」
そう言うと、木蓮はそのままミズキの腕を引っ張り、廊下を歩きだした。
* * *
『せん、まって』
「……なんだよ」
階段の踊り場で追いついた灯は、閃の腕を掴んで引き留める。
中途半端に振り向いて目線を合わせない閃の横顔を、灯はじっと見つめた。
『せんは、まよってる? せんせいをたすけること』
その問いに閃は、一瞬息を詰めた。
「どう、なのかな。……俺はさ、弱虫だから。誰かを犠牲に誰かを助ける、なんて選べない。……それをやれっていうことも、やるなっていうことも。俺、まだガキだから分かんねえや」
そう言いながら、閃は困ったような表情で灯にくしゃりと笑いかける。
『……そっか』
「だから、だから俺は、仄がどうしたいのか聞いてみようと思う」
『ほのかは、せんせいのこと、だいすきだから?』
「……うん」
『おれは』
閃の腕を掴む手にわずかに力を籠める。
『さっき、ぶすじませんせいがいってたこと。おれも、いっしょ』
「……」
『ふたりがきめたことなら、おれはそれが、ただしいっておもう』
「そっ……か」
昏い瞳のまま、閃は握られた灯の腕を逆に掴んだ。
「……悪い、灯。今日は、ひとりにさせてくれ。ひとりで、考えたいんだ」
『……わかった』
ゆっくりと手を離すと、閃はとぼとぼと階段を下りていく。
伸ばしたままの手を強く握りしめたまま、灯は黙ってその背中を見つめていた。
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