ー9ー
“SSDMIの治療法がわかるかもしれない” という情報は、すぐにミズキからチルドレン達にも伝えられた。
医院の資料室で小難しい文献を漁り、端末での検索を行うも遅々として進まない現状に沈み切っていた3人にとって、それはまさに天から降りてきた蜘蛛の糸であった。
思わず声を上げて立ち上がった仄は司書にじろりと目線だけで咎められ、しおしおと座りながらもその眼には、先程とは違う嬉し涙が溢れてきている。
そんな仄の様子にほっと息をつき、閃の方に顔を向けた灯は眉を
閃の目線は虚空を向いたまま、先ほどの朗報も仄の様子も全く気付いてない様子だ。
『……せん、どうしたの?』
服の裾を気遣わしげに引っ張ると、はっとしたように目の焦点が合う。
「あ……悪い、ちょっとぼーっとしてた。ミズキさん、なんだって?」
「あのねあのね、治療法、見つかったかもしれないんだって!」
取り繕ったように笑みを浮かべる閃の様子には全く気付いていないのか、声を潜めつつも嬉しそうに仄は告げる。
「そ……っか。よかった」
ほっとしたような笑みを浮かべる閃。
しかし先程ほんの一瞬見せた、ひどく傷ついたような哀し気な表情が、灯の胸に昏い影を落とした。
「ねえ、そろそろ夕方だし、せんせぇ検査から戻ってきてるんじゃないかな」
「そうだな、行ってみるか」
「うん! ほら早く、灯もいこ!」
『……うん』
「あ、夕ごはん買っていこうよ! 私せんせぇと一緒にご飯食べたい」
ぱん、と良いことを思いついたとでも言うように仄が胸の前で手を打つ。
「いいのかな、勝手に食べ物持ち込んでも」
「いいじゃん、売店で買うんだし! 毒島先生も堅い事言わないって」
「まあ、そうだよな。あー、頭使ったからか結構腹減ったな」
「私も。安心したら、なんかお腹空いてきちゃった」
「でもその前に仄、顔洗ってこいよ。涙の痕、付いてるぞ」
自らの頬をつつきながら、閃はニヤッと笑う。
「え、あっ、やば」
仄は慌てて自分の頬をゴシゴシ擦った。
「ふたりともごめん! すぐ戻ってくるから待ってて! ね?」
「わかったわかった、そんな焦んなくても大丈夫だって」
「うん! 待っててね」
そう言いパタパタと駆けていく仄を見送る閃の背中を、灯は黙って見つめた。
『ねえ、せん』
「なんだよ?」
『なんか、かくしてる? ……さっきから、ちょっと、へん』
「……べつに」
こちらを向こうとしない閃の服の裾を、灯はきゅっと握りしめる。
『いいたくないなら、いわなくても、いいけど』
「……」
『……でも、おれは、せんのみかた、だから』
もどかしさをうまく言葉に出来ず、途切れ途切れにそれだけを伝えた。
ゆっくりと、閃が振り向く。
その表情は、笑うべきなのか泣くべきなのかどっちつかずになった結果、奇妙に感情が削ぎ落とされていた。
その唇が、かすかに動く。
「……っ」
だが、パタパタと近づく足音でそれは再びきつく結ばれ、言葉が零れ出てくることはなかった。
「ごめん、お待たせ~」
息せき切って駆け寄る仄が、走ってきた勢いのまま2人にぐいっと顔を近づける。
「ね、目、赤くない……? 大丈夫かな」
『うん、たぶん』
間近に寄せられた顔に目をぱちくりさせながら、灯は頷く。
「ほんと?」
「大丈夫だって。そんな目立ってないよ。ほら、あれだ、「今日は非番で一生懸命勉強してたから目がちょっと疲れちゃって」……とか言えばなんとかなるんじゃねえ?」
閃はナイスアイデアだとばかりに、ピッと顔の前に人差し指を掲げる。
「えー、なにその言い訳」
むぅ、と仄は頬を膨らませる。
「せんせぇ、こういうの勘が鋭いからなー。大丈夫かなぁ」
ちょっと心配そうに眉を寄せる仄の肩を、閃がぽんぽんと叩く。
「だーいじょうぶだって。俺たちは、いつも通りにしてれば良いんだよ。な?」
「……うん、そうだね」
ようやくほっとしたように仄が笑みを浮かべる。
「じゃ、ご飯買いに行こっか。早くしないと売店閉まっちゃうよ」
「ああ」
駆け出す仄に続いて、閃も歩き出す。
その手がさりげなく灯の肩に置かれた。
俯いていた顔を上げた灯と、閃の目線がぶつかる。
「あとでな」
唇だけでそう告げる閃に、灯は黙って頷きで返した。
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