◆2日目 昼 ~Be at Sea~
ー7ー
重苦しい沈黙が病室を満たす。
突然目の前に突き付けられた現実に、誰もが身じろぎひとつできず固まっていた。
だが、時間がない。
このままではヒバナが、かけがえのない大切な人が、いなくなってしまう。
足元からせりあがってくる悪寒や焦りを無理やり抑え込むように大きくひとつ息を吐くと、ミズキは残った面々の顔を見渡した。
「医療者じゃないボクらに何ができるかはわからない。でも、できることはある筈だ。みんな、協力してくれないか。――ヒバナを助けるために」
そう言って、深く深く頭を下げる。
木蓮は、ぼんやりと目の前のミズキの顔を見つめる。
床に向けられた泉に映るのは、底知れない恐怖と絶望。そして、そこから必死に藻掻き、希望を掴み取ろうとする強い意志。
――「ヒバナを、助ける」
ミズキが、そう言うなら。
「……俺にも、できることあるかな」
重ねられたミズキの手にもう片方の手を重ねる。
「勿論だよ、木蓮。ボクらで、ヒバナを助けよう」
ぎゅっと一層強く、その手が握りしめられた。
「うん。わかった」
「ありがとう、木蓮」
不安に揺れながらも、自分を信じてまっすぐにこちらを見上げる木蓮の肩を抱きしめ、ミズキはチルドレン達の方に顔を向けた。
大きく目を見開いて呆然と虚空を見つめる仄。
唇を強く噛み締め、両手を握りしめて俯く閃。
心配げに2人の様子を交互に見やった灯は、黙ってこちらの様子を伺うミズキをまっすぐに見た。
『おれ、しらべものとか、あんまとくいじゃないけど。でも、てつだう』
2人を勇気づけるように、握る手に力を込める。
「灯……」
『おれもてつだうから。だから、やろう。せん、ほのか』
ゆっくりとこちらに顔を向けた閃に、灯は力強く頷く。
「……ああ、そうだな」
くしゃりと顔を歪めて、なにかを堪えるように、閃は頷き返した。
『……ほのか』
微動だにしない仄の足元に落ちている人形を拾い上げ、彼女の腕に再び抱かせる。
手渡されたそれをぎゅっと抱きしめて、仄はガタガタと震え出した。
「いや……せんせぇが……いなくなるなんて……そんなの……っ」
恐怖に震えるその小さな肩にそっと両手を置いて、灯は仄に目線を合わせる。
『うん。だから、そうならないように、さがそう?』
「そう、ならない……ように?」
『うん。たいせつなひと、なんだろ?』
そう問いかけられて、仄は胸元の人形をさらに強く抱きしめる。
「うん……うん……っ」
紅玉の瞳からポロポロと大粒の雫が溢れる。
そのまま人形に顔を埋めて、仄は何度も頷いた。
* * *
「まずはヒバナの詳しい病状、それから罹っている病気のこと。えっと……SSDMI、だっけ。それがどういう病気なのか詳しく知らなくちゃね。でなきゃ、どう対策すればいいのか検討もつかない。それから」
そこで一度言葉を切って、ミズキは全員の顔を見回した。
「ボクらの中に、病気や怪我を治せる力を持ってる人はいるのかな。……残念ながら、ボクはそういうのはサッパリなんだ」
そう聞かれてお互いの顔を見るが、その表情は一様に暗いままだった。
「俺は、守るだけだ。……治したりは、できない」
木蓮が弱々しく首を横に振る。
『おれも、こうげきしか、できない。つくれるのは、きずつけるくすりだけ』
しゅんとする灯。
「落ち込まないで。……ボクだって、同じようなものだから」
ミズキはどこか自嘲めいた笑みを浮かべて、手袋を嵌めた自分の両手を見つめた。
「私は、自分で創り出した空間内の時間を少し調整したりとかはできるけど……」
人形を握りしめたまま、仄が呟く。
「俺、の力も、そういうのは……」
俯いたまま、閃がぽつりと零す。
「……俺だったら、良かったのかもな」
「閃……」
はっとしたように、仄が涙に濡れた顔を上げる。
「俺なら……いや、そもそもそんなこと起こり得ないのかな」
「やめてよ、閃。……そんなこと」
「だって、先生じゃなくて、俺だったなら……っ」
『……せん!』
脳内に直接叩きつけられた声に、閃はびくりと体を揺らす。
怒ったように強く睨む仄と灯の顔を見て、弱々しく閃は首を振った。
「……悪い」
そのまま、硬く口を閉ざしてしまう。
「閃君。それに仄ちゃん、灯君。木蓮も。自分を責める気持ちはボクにもある。……だけど、それじゃ何も進まないんだ。今、ボクたちにできることを精一杯しよう」
半ば自らにも言い聞かせるように、ミズキはそう言うと立ち上がった。
「ボクは、毒島先生にヒバナの病状を詳しく聞いてくる。行こうか、木蓮」
「うん。……あ」
続いて立ち上がりかけた木蓮は、傍らに置いていた資料を掴むとミズキに差し出した。
「これ、支部長から預かったんだ。ヒバナの病気のこと、書いてあるみたい」
「ありがとう」
木蓮から資料を受け取り、改めてざっと目を通す。どうやらそれは、UGNの最新研究論文の要旨をピックアップしたもののようだった。
病名を聞いた支部長が取り急ぎ検索をかけて集めてくれたのだろう。
日本語、英語が雑多に混ざり合う中から取り敢えず内容が把握できそうなものに目を通す。
だが、先ほど毒島から聞いた内容以上の情報は見つけられなかった。
「うーん、内容が専門的なのもあってボクじゃわからないな……。これも毒島先生に見てもらおう」
資料から目を上げ、押し黙ったままの3人に目を向ける。
「ここは病院でUGNの施設でもある。キミたちの方でも、病気について情報を集めてもらえるかな」
そう告げるミズキの顔を、灯がじっと見つめた。
『……そのまえに』
「何かな」
『せんせいに、はなすの? ……びょうきのこと』
「……っ」
その質問には、思わず息を呑んで黙り込む。
『さっき、いってたから。“みんなできめる”って』
気遣わしげに仄と閃を見ながら、灯は続ける。
『せんせい、「けんさがおわったらはなしをしよう」って。だから、どうするのかなって』
「……ボクは、言えない」
ミズキは掠れた声で、絞り出すようにそう呟いた。
「ボク自身、現状を受け止めきれてないんだ。……こんな状態のままで、ヒバナにこんな残酷なことを伝えるなんて、今はできそうもない。いずれ話をしなきゃいけないのは、わかってる。……だけど、ごめん。……もう少しだけ、時間が欲しい」
黙ってミズキの返答を聞いていた灯は、木蓮の方へ視線を移す。
木蓮はギュッとミズキの手を握り、弱弱しく何度も首を横に振った。
「俺は、ヒバナに笑ってて欲しい。……だからせめて、症状が出るまでは……解決法がわかるまでは、知られたくない」
『せんとほのかは、どう?』
「……わかんない。どうしたら良いのかなんて、わかんないよ……っ」
仄は、強くかぶりを振った。
「……灯は、どう思う?」
俯いたままの閃が、ぽつりと呟いた。
『え?』
「今、話すべきだと思うか?」
『……わからない。おれは、ほのかとせんがしたいほうにする。……おれが、きめていいことじゃない、きがするから』
「そう……」
閃は弱々しく頭を振る。
「俺も……今はどうしたら良いのか、わかんねえや」
『そっか……』
灯はミズキに向き直った。
『あんたたちがきめて。おれは、どっちでもいい』
そう言われ、ミズキは力無く頭を下げた。
「ごめんね。……今日のところは病気のこと、ヒバナには言わないであげて」
『わかった』
こくりと頷く灯に頷き返し、ミズキは自分の端末を取り出した。
「わかった事があったら何でもいい。連絡してもらえるかな。ボクらも、調べた事はキミたちにも共有したいから」
手早く連絡先を交換すると、ミズキと木蓮は毒島の話を聞くために病室を後にした。
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