ー5ー

 ほのぼのとした病室に、やや乱暴なノックの音が響く。

 がらりと無遠慮に扉が開かれ、少し疲れた顔をした白衣の男性が入ってきた。

「うおっ……と、こりゃどうした、随分多人数だな。もっと大きな部屋に変えた方が良かったか?」

 白衣の男性――毒島医院の院長である毒島ぶすじま暮人くれひとは、驚いたように部屋の中を見渡す。

 UGNのエージェントを長く務める彼の事は、ここにいる全員が知っていた。


「ああ、毒島先生。そうなんです。ヒバナが人気者だから、こんなに集まっちゃって」

 ミズキが、クスクスと笑いながら現状を説明する。

「おーおー、元気そうで何よりだ。廊下の方までお前らの声、響いてたぞ」

「ごめんなさい。迷惑かけてしまいましたね」

「別に良いさ。少しくらい騒いでもこの病棟は少し奥まったところにあるし、基本的にはUGNの関係者しか入ってこねぇからな。今は他に人がいるわけでもねぇし。……まあ、一応病院なんで、あんまり五月蠅うるさくされると困るけどな」

 頭を下げるミズキに対し、苦笑交じりに毒島は返した。

「そう言ってもらえると助かります」

 ミズキも眉を寄せて苦笑いし、やや表情を引き締めた。

 

「それで先生、ヒバナはもう大丈夫なんですよね?」

 それには毒島はわずかに渋い顔をし、ミズキの質問には答えを返さず病室の面々をゆっくり見渡した。

 その動きがふと1人の顔を見て止まる。

「おお、木蓮じゃねぇか。久しぶりだな。お前、定期検診ちゃんと来てんのか?」

「……いや、病院の匂いって苦手なんだよね、俺」

 隠し事がバレたようなバツの悪い顔をして、木蓮はそっぽを向く。

「んー……匂いかぁ。まあ病院の匂いなんてどこも同じようなモンだろうけどな。何とかしてみるか」

 困ったように頭をガシガシと掻きながら、毒島は木蓮をまっすぐ見つめる。

「お前は、他よりちょっと変わった身体を持ったレネゲイドビーイングだ。ちゃんと定期的に検査を受けてもらわねぇと、俺らも困るしお前も困る。分かってんだろ? そこらへんは」

「……分かってるけど、さ」

「大切な人を守る時に、その身体が不調じゃ守りたいものも守れねぇ。それを治すのが俺ら医者の役目なんだから、ちゃんと医者様の言うことは聞くように!」

 言いながら、毒島は手に持っていたカルテで木蓮の頭をぺしん、と軽く叩いた。

「った……! うー、わかった……」

 ふくれっ面をする木蓮を見て、ミズキとヒバナはくすくすと笑う。

「ふふ、言われちゃったね、木蓮」

「そうだぞぉ、木蓮もいつ倒れるかわからないんだから。倒れちゃ本当にダメなんだからね!」

 ミズキとヒバナに次々とそう言われ、木蓮はますますバツの悪そうな顔をする。

「うぅ……分かった。ちゃんと次から来るし!」

「うん、素直でよろしい」

 しぶしぶ頷く木蓮に、毒島先生はニヤリと笑い、チルドレン達にも目を向ける。

「坊主ども、外傷はないみたいだし、元気そうだな。よかったよかった」

 ニカッと笑う毒島に対し、3人は黙って会釈を返した。

 

「よし、今回の目的はお前だ、宵街。……ふむ、バイタルサインも正常。そうだな、特に今のところ異常は見受けられねぇってとこか。どうだ、調子は?」

「うん、大丈夫だよ先生。こんなにピンピンしてるし! みんなが会いに来てくれたから、むしろ元気になっちゃった! ……あー、ただお腹空いたから、後でもっとご飯ちょうだい」

「馬鹿言ってんじゃねぇ、さっき朝食は出しただろうが! ちゃんとこっちの管理下に置かれた物食えっての」

「えー! だってあれだけじゃ足りないし……」

「へーへー、食欲も旺盛……っと」

 

  軽口を叩き合いながら手早く診察を進める毒島が、さりげなくヒバナに問いかけた。

「あー、それと。……お前さん、昨日の事は覚えてるか?」

「ん? 昨日? ……えっと確か……特に用事は何もなくて、ミズキと一緒に出かけてた帰りに倒れて、ここに運び込まれてきたんだよね?」

「えっ……」

 

 ヒバナの返答に、ミズキは思わず眉根を寄せる。

 昨日は二人でUGNの任務をこなし、その帰りにヒバナが倒れたのだ。

 「用事が何もなかった」なんて認識には成り得ない、筈だ。

「あーそうだった、そうだったな。悪ぃ悪ぃ、忘れてた」

 そう臆面もなく返す毒島の背中を、ミズキは訝しげに見つめる。

「もー先生、ボケちゃったの?」

 そうけらけらと笑うヒバナ。

 診察を続ける毒島はまっすぐにヒバナに向いており、頑なにこちらに目線を向けない。

 その拒絶とも感じられる姿勢に、ミズキは何も言えず口をつぐむ。

 

「よし、診察はこんなモンか。じゃ、次は検査だな」

 呼び出した看護師に毒島は指示を出しながら、ヒバナに説明をする。

「彼女と一緒に別の階にある検査室に行ってもらう。まあ元気そうだし看護師もいるからな、付き添いはいらねぇだろう」

「うん、わかった」

「検査の方は数時間かかるかもしれねぇが、お前ら今日は暇だろ。もう少しここで待ってろよ」

 そう軽く他の面々に毒島は告げる。

「……はい、そうですね。今日はボクら非番ですし、せっかくだから終わるまで待ってます。ね、木蓮」

 意図を察したように、ミズキは頷いたが。

「……ついて行っちゃダメか?」

 木蓮はやや不安そうに、毒島に懇願する。

 うーん、と毒島はわざとらしく渋面を作った。

「悪ぃが、検査室は患者と病院関係者以外立ち入り禁止なんだ。お前が行ったって入れねぇぞ」

 不服そうな木蓮の表情を見て、ヒバナは安心させるように笑いかけた。

「大丈夫だよ、もっくん。どっかにいなくなるわけじゃないんだからさ! 大丈夫大丈夫、 待っててね。あ、なんか買ってきてほしいものあったら帰りに売店寄ってくるから」

 慰めるようなヒバナの言葉に、渋々と木蓮は了承する。

「……じゃあ、プリン」

「プリンかー。了解しました! じゃあちょーっと高めのプリンを買お! 毒島先生の奢りでね」

「なんで俺が奢らなきゃいけねぇんだよ。ったく、はよ行けお前は!」

「そんなに甘やかしてもらわなくても大丈夫ですよ、先生。奢っていただけるのはもちろん嬉しいですけど」

 ミズキが冗談めかして会話に悪乗りすると、毒島は苦虫を嚙み潰したような顔になる。

「お前ら、俺のポケットマネーを何だと思ってんだ!? ……あー、もうしゃーねぇ、金は出してやるからさっさと行け! ほら」

 しっしっ、とヒバナを追い立てる毒島の後ろで、ミズキは少し悪戯っぽく木蓮に笑いかけた。

「そんなわけだからね、木蓮」

 握りしめられた木蓮の手の甲に、引き留める様にそっと自らの手を重ねる。

「一緒に待ってよう」

 それは木蓮を安心させるために置いた手なのか、自分が安心したくて重ねた手なのか。

 ミズキ自身にもわからなかった。

 

「ミズキとヒバナがそう言うんだったら……」

 重ねられたミズキの手を見つめながら、木蓮は渋々納得した様子でその場に留まる。

 ヒバナはそんな2人のことを愛おしそうに見つめながら大きく手を振った。

「じゃあ行ってくるね、ミズキ、木蓮。仄と閃も、あと灯君も、帰ってきたらまた話聞かせて! 久しぶりに逢えたから色々と近況も聞きたいし、新しいお友達との話を聞きたいしね!」

「うん。せんせぇ、待ってるね」

「帰ってきたら話したいこといっぱいあるんだ、先生」

 そう返す仄と閃の傍らで、灯もコクリと頷いた。

「よろしい! ふふ、じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい、ヒバナ。あまり看護師さんに迷惑かけないようにね」

「わかってるよ、もぉ……」

 釘を刺すミズキに対し口を尖らせながら、ヒバナはそのまま看護師に連れられて病室を後にした。

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