第89話 私の文学における心理的外傷(トラウマ)を考える(前編)
心理的外傷、世間では、トラウマと呼ばれるものがある。
私のことを語る前に、そもそも『心理的外傷とは何か?』ということを読者諸氏に知ってほしい。
確かに、この二十年余りで心理学の認知はかなり広がった。
発達障害などがそれで、行政なども特別支援学校(学級)などを作ったりテレビなどでも取り上げられる。
でも、当事者たちからすると良くも悪くも目立つものばかり注目されがちで、ある意味で言えば『隣人』とまではいかない。
実際、私が勤める某大手会社の特例子会社を見ても外見や話が普通の人もいる。
確かに『如何にも』な人もいるし、会話がちぐはぐになる人もいるし、自己中な人もいる。
私はちょうど中間みたいな感じらしい。
--仕事はできるが私事はポンコツ
その中で心理的外傷とは、心の中にある回復不可能な傷のことで時々うずくことである。
私の脳は言語が優れている。
何でも言語化する。
ただ、それは過去の嫌な思い出、具体的には、いじめや親からの虐待を思い出す。
『そんなこと、誰でもある』
という人もいるだろうし、大抵の場合は、何かしらの支えなどで元に戻る。
しかし、かつてのブラウン管テレビ(今の子にわかるかしら?)に同じ映像を長時間映していると焼き付いて元に戻らなくなる。
私の脳がまさにそれで、嫌な記憶が焼き付いて、不意に思い出すのだ。
今は投薬やカウンセリングなどで何とか誤魔化しているが、辛いものは辛い。
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