第88話 後輩君の言うことにゃ(後編)

『そんなことも分からないんですか?』


 タブレットを片付けながら後輩は、そんな顔で私を見た。


「……じゃあ、先輩。何か、俺を褒めてくださいよ」


「……いつも、悩みを聞いてくれてありがとう」


「どういたしまして……こんな程度でいいんですよ」


 私は戸惑った。


「そんなんで、いいのか?」


「いいんです。先輩はピエロでもお笑い芸人でもないんだから、受けとか気取ったことをしなくていいんですよ」


 そろそろ、朝礼が始まる。


 私も席を立つ。


「まあ、テンパった先輩を見るのも面白いものがありますが……」


「あのな……」


「でも、俺、小説を読みませんけど、先輩が全力全開で書いた小説ってものは一度、読んでみたいですね」


「……ありがとう」


 

 仕事を終え、ヘロヘロで帰宅途中の電車で後輩君の言葉を反芻していた。


心理的外傷トラウマかぁ……』


 出会って間もない頃の師匠にも言われたことがある。



「隅田さん」


「はい?」


 場所は居酒屋だったと思う。


「君の作品は、意識的か無意識的か分からないが、ブレーキがかかっている。アクセルを全部踏み込んでいるのに……」


「はぁ……?」


 若い私は意味が分からない。


「でもね、俺は、君がブレーキから足を外した作品も読んでみたいんだ」



 道は長い。

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