▼25・出陣前夜
▼25・出陣前夜
それからほどなくして、真壁主任から呼び出された。
部隊員十人がそろって、小会議室に集まる。
「これから戦闘の計画を話す」
彼は面々を見回した。
「我々は奥多摩の、カタツキという鉱山を目指す。そこを武力で制圧する予定だ」
鶴巻に研究所から連絡があった鉱山と、同じ名前である。
やはり妖術師連盟からの情報は正しかった。ついでに海野が聞いた噂も的中した。
海野が鶴巻のほうを見て、わずかにドヤ顔をしていた。
正しかったのは事実だから、あとで適当に褒めないとへそを曲げるだろう。
鶴巻は小さなため息をついて、話の続きを聞いた。
「相手はエイドス術師連合会。科学ではうかがい知れない面妖な術を使う、おかしなやつらだ」
科学ではうかがい知れない面妖な術を使う鶴巻は、まあこういう言い方も仕方がないだろう、と黙って聞き流した。
そこで、今回はトラスティーズとして戦うので、戦闘中も面妖な術を使ってはいけない、使うとしても周りに分からないように行使しなければならない、ということを思い出した。
浮田は分かっているだろうが、海野はどうもその辺りが鶴巻には心配である。あとで強く言い聞かせなければならない、と彼は考えた。
「資料を見てほしい。我々は南面ルートから鉱山を目指す。三つのルートのうち、最も激戦地になることが予想される」
よりにもよって一番の激戦地か。
海野のためにも、戦闘はほどほどにしたかった鶴巻は、軽く落胆。
「ここには浮田家も投入されるようだ。浮田眼龍が率いることになると思う」
浮田瞬一の目が一瞬険しくなったのを、鶴巻は見逃さなかった。
しかし余計な発言は耐えたようだ。
――浮田、よくこらえたな。えらいぞ。
鶴巻はまるで海野のようなウザさで、心の中ではあるが瞬一に言葉を送った。あとでフォローしてやらなければならないだろう。
「諸君には、この資料をよく読んで、エイドス術師や妖術師……というより浮田本家勢力の特性をみっちり予習しておいてほしい。面倒だろうが、そうしないと戦場で死ぬことにもなりかねない」
真壁は脅すような口調で戒める。
よい隊長だ。これでトラスティーズでなかったら妖術師連盟にバックスタッフとして勧誘をしているところだ。
鶴巻は思った。
「分からないところがあれば私に聞いてくれ。できれば複数人の質問をまとめた上で、内線電話を私にかけてほしい。そうすればテラスで話す」
彼はそう言うものの、資料をざっと読む限り質問の必要はなさそうに見えた。
「トラスティーズに栄光あれ。……まあ外部の諸君らはそこまで興味がないだろう。報酬のために戦う、傭兵とはそういうものだな。だけどもトラスティーズは結果を出した者に充分報いるつもりだ。では解散、今のうちにゆっくり休め」
彼が締めくくると、傭兵たちは続々と部屋を出て行った。
鶴巻は部屋に戻ってから、浮田に声をかけた。
「なあ浮田」
するとうなずいて返す。
「分かってるよ。眼龍のことだよね」
まるで鶴巻のほうをなだめるかのような、浮田瞬一の口調。
「ああ」
鶴巻は若干拍子抜けしながら続ける。
「眼龍には、お前も思うところがあるんだろう」
「当然。本家というだけで威張り散らし、いつも政争を仕掛けて、挙句に分家の末席の僕にもギタギタにされるほど弱いんだからね」
「……おお」
鶴巻は彼の、いつになく好戦的な様子に少し気圧される。
「いや、浮田家を分散させたとか、家名を汚したとか、そういう怒りとかは?」
「ないね。僕は本家分家の関係だけじゃなくて、そもそも家単位でものを考えられることに嫌気がさしているんだ」
「それは……そうなんだろうな。すまない」
鶴巻は素直に頭を下げた。
「鶴巻は悪くないさ。実際、家のつながりで僕と連絡を取っている仲間たちもいるからね」
「以前話に出てきた、密偵とか?」
「それもあるし、なんなら研究所にも『家仲間』がいる」
では家の関係をむしろ最大限に活用しているのでは?
鶴巻は言葉を呑み込んだ。浮田が気にしているのは、きっとそういうことではない。もっと、こう、権威の所在とかそういったものだろう。
人脈がどこに由来するかは、さほど問題ではない。現にそこにあるもの、事実としてのつながりこそが重要であるに違いない。
鶴巻もたいがいの現実重視であった。
「まあ話を戻そう。俺たちの第一の任務は、トラスティーズ側としてエイドス術師の勢力を叩くことだ。色々変遷はあったが、いまのところはそれが筆頭だろう。そうだな?」
「そうだね。鉱石は、まだ研究調査中ではあるらしいけど、僕たち妖術師が活用できる代物であるとは、現在言われていない」
「そうだ。眼龍討伐は第二といえるだろう。……だけども」
「お? だけども?」
瞬一は聞き返す。
「俺は、本家分家が関わる出自ではないけれども、お前の眼龍への怒りは分かるつもりだ。俺だって、生まれの家だけで色々格付けが決まるのは、想像するだけで腹が立つ。実際、俺は家のしがらみからは自由だったから、生活が勝手な理屈で制限されるとなると怒りもするだろう、多分」
「まあ、鶴巻くんも、そもそも妖術師になったのはご両親の都合だろう?」
「それは最終的に俺が納得したからいいんだ。だけどお前は家のしがらみに納得していない」
「……そうだね」
「だから俺が許す」
鶴巻は浮田の肩に手を置いた。
「戦況を見計らって、お前は眼龍のもとへ行くことを最優先してもいい。つまり俺たちを置いていってもいい。二回目の屈辱を味わわせてやれ」
「……それは」
「俺が全て尻拭いする。合図は俺がするけどな。お前はお前の宿敵を討て」
鶴巻はそう言って、浮田瞬一の目を見た。
「家のしがらみ、お前が納得していないものの象徴、元締めを懲らしめろ。変化はお前が引き金を引かなければ、やっては来ないだろう」
「鶴巻……」
「遠慮なくやってこい。隙があればだけどな。まあ何度も言うが、諸々の処理は俺に任せろ」
言うと、浮田はただうなずいた。
「ありがとう、鶴巻」
それが彼らの覚悟だった。
もし海野がこの場にいれば「まーた暑苦しい友情が始まった」などと茶化したに違いないが、それはどうでもいいことだった。
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