▼23・あちらもこちらも


▼23・あちらもこちらも


 それから数日。

 浮田がいつもの食堂で報告した。

「これはトラスティーズじゃなくて僕の仲間たちからの情報だけど」

 鶴巻は一瞬首をかしげるが、すぐに理解する。

「つまり、お前と親しい分家集団か」

「そう。まあ中には本家筋の人もいるけどね」

「本家? 本家は眼龍が掌握しているんじゃないのか」

「まあ本家の中にも、眼龍をよく思わない人たちがいて、僕と親交のある人もいるってことだよ。それより」

 彼は話を続ける。

「奥多摩の鉱山、やっぱりトラスティーズにとっても重要な資源があるみたいだね」

「ほう」

 鶴巻は短く反応した。

「トラスティーズはエイドス術師や妖術師の術に対抗する技術に、最近は力を入れている。所長からもそう聞いたし、これまでの戦いを顧みるにその情報は信用できる。そうだね?」

「おう。つまり奥多摩に、アンチウィザード系の技術の資源があるってことか」

「その通り」

 浮田は「鶴巻は理解が早いね。そういうところがいいところだ」などとおだてる。

「その資源ってのは、エイドス術の触媒になる鉱石と同じものか?」

「その可能性はある。しかし断言も一応の肯定も、まだできない状況だね。奥多摩に潜入中の仲間たちの続報を待つしかない」

「うぅん……そうだ、研究所はどう言っている?」

「研究所もまだ調査中。仲間たちが鉱石を拝借して研究所に送ったんだけど、まだ調査は始まったばかりで、その進展を待っている」

「むむ」

 そこでいままで柄にもなく黙っていた海野が口を開いた。

「私、基本的に戦闘向きのサイキックだけど、分析ができないこともないよ。ちょっと理由を作って数日、ここを離れて、研究所で分析に協力とかできるけど」

「いや、それはやめたほうがいい」

 鶴巻は制止した。

「トラスティーズに怪しまれる。ただでさえ女子で傭兵設定ってのは怪しいんだ。認識調整でその辺をうまくごまかしているとはいえ、怪しまれると調整の力を疑念が上回りかねない。それぐらい認識調整はもろいんだよ。何度か窮地に陥ったことがあるから分かる」

「ほへ……私も役に立ちたいんだけどなあ」

 海野の表情が曇ったので、あわててフォロー。

「まあまあ、海野さんは今回の作戦に参加しているじゃないか。鶴巻もそこは評価するはずだよ」

「その通りだ。海野、お前は本当によく頑張っている。無茶はするな。お前は本来、平穏な生活を送らなければならない人間なんだから」

「ほへ」

 海野は多少気落ちしながらも「鶴巻くんがそう言うなら」としおらしい態度を見せた。


 三人が謀議をしているころ、所長は四ツ谷と親交を深めていた。

 とはいっても、恋愛的に関係を発展させていたわけではない。

 むしろその可能性があるのは、四ツ谷と、ここにはいない鶴巻のほうであろう。

「アイツ……鶴巻は小さいころからオカルトばっかりで、日頃から妖術だのエイドス、とかがどうだのしていたんですよ、本人は秘密にしていたつもりでしょうけど、私は分かってたんですから」

 聞いて、所長は「鶴巻くんも小さいころは、そういうのを聞かれていたりとか、何かと不用心だったんだな」と心の中でつぶやいた。

 しかし、それはそういうものだったのであり、過去は変えられないので仕方がない。

 現在の鶴巻はもっぱらただの「拝み屋」として四ツ谷に認知されているようで、とりあえず妖術師連盟の一員としては、うまく隠れられているようでよかった、と所長は安心した。

 もっとも、よくない点は四ツ谷自身にある。

「鶴巻は、もう本当にオカルトばかりで、私は科学者としてどうにかアイツを更生させたいと思っています」

 想像以上にトラスティーズ予備軍である。

 厳密には、トラスティーズは妖術やエイドス術の存在を把握した上で、その使い手たちと日夜戦いを繰り広げているわけであり、最初から術をオカルトとして、その存在を認めていない四ツ谷とはスタンスが異なる。

 しかし、そんなことはささいな違いでしかない。

 この四ツ谷、目の前の勢いからして、いつトラスティーズに取り込まれてもおかしくない。

 いままでトラスティーズと、おそらく関わりがなく、その存在や三面抗争の事実も知らなかったのは、全くもって奇跡的な人生といえよう。

 警戒をしなければならない。

「鶴巻くんも、以前言ったけど、オカルトに決して傾倒しているわけじゃないよ。自分をただの儀式要員としてしか考えていない。自分が本当に怪力乱神を操るとは思っていないだろうね。見ていれば分かるよ」

 これは三割ぐらい嘘である。

 鶴巻はれっきとした妖術師であり、しかもその技量は高い。間違いなく一級品である。

 不思議な力を使っているかいないかでいえば、明らかに積極的に使っている。

 だが、だからといって力におぼれたり、振り回されたりはしていない。自分がその力で何をすべきかをきちんと弁え、ただ妖術師連盟の勝利を目指すだけでなく、その行く末を常に考えている。

 彼ならば、機会と権限があれば三勢力で和解の道も模索できるだろう。

 むしろ懸念があるとすれば浮田である。力に振り回されるうんぬんとは違うが、あの瞬一は浮田眼龍に並々ならぬ敵意を抱いている。火種にならなければよいが、しかし、浮田家が分散したいま、場合によっては戦火を拡大させるおそれすらあるだろう。

 まあ、瞬一はいまのところ末端でしかないし、そばには鶴巻がいるため、権限をそのように濫用する危険はないといえるが。

 そこまで考えて、所長はトリオの最後の一人を考えた。

 海野。

 彼女は危ない。オカルト側――サイキックはトラスティーズや四ツ谷にとっては、科学ではなくオカルト側に分類されるだろう。現在の科学では測りきれないのだから――でしかも四ツ谷の恋敵。

 四ツ谷は海野の存在は把握しているようだが、そこへサイキック周りの事情まで知れたら、この四ツ谷は何をするか分からない。

 彼女らの接触は充分に注意しなければならない。

「所長、どうしました?」

 コーヒーを飲みながら、四ツ谷は不思議な顔をして所長をのぞき込む。

「いや、なんでもない。それにしても四ツ谷先生は鶴巻くんのことを気にかけているなあ、と思ってね」

「き、気にかけてなんかないし、オカルトが広まると困るだけです!」

「そうか。そうだね」

 所長は生温かい笑みを浮かべつつ、今後の課題を考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る