▼22・割り勘


▼22・割り勘


 妖術師研究所の所長。鶴巻とついでに浮田が留守の間、たまに鶴巻のボロアパートと浮田の借家を見回りして最低限の用心はしよう、と思い、向かったところ、彼女がいたというわけだ。

 彼は、アパートの防衛機能が動作していない以上、彼女は敵対者ではないと判断した。そもそも鶴巻たちは何日も留守にするときに、取られて困るものを家に残す、不用意な人間ではない。

 しかし、そうだとしても彼女が何者か分からなかったので、とりあえず近くのカフェに案内した。

 そのカフェは妖術師の拠点でもなんでもなかったが、それが結果的に正解だった。

 なぜなら。

「あなたが、あの有名な四ツ谷先生でしたか、失礼しました」

 相手はトラスティーズでこそなく、一応鶴巻の親しい知り合いではあったものの、オカルト嫌いで有名な「科学者」の四ツ谷だったからだ。

 この時点でトラスティーズ予備軍である。少なくとも所長はそう考えた。

 慎重に話をしなければならない。

「で、あなたはいったい……鶴巻と親しいんですか」

 四ツ谷の質問に、素早く言葉を選ぶ。

「私は、そうですね、鶴巻の拝み屋仲間です。研究所……といえばうさんくさいですが、要するに寄り合い所の所長をしていますので、所長と呼ばれています」

 本名を明かすのは危険と考えた。何度も言うが相手はトラスティーズ予備軍である。

「へえ。拝み屋の研究所とは、ずいぶん大層なものですね」

 失礼である。

「まあまあ、要するに集会所みたいなものですから」

 普段、鶴巻からある程度事情を聞いている所長は、特に怒ることもなくなだめにかかる。

「それより、鶴巻は元気にやっていますよ。四ツ谷先生のいらしたときに出張中だったのは確かに残念ですが、彼は大丈夫です」

「そうですか」

「ほら、我々も拝み屋なんてやっていると、中には儀式を執り行うという領分を越えて、その力というか諸々を振りかざす人間も出てくるわけですよ。しかし彼はそういう暗黒の面に呑み込まれてはいない。今後もそうはならないと確信できる、しっかりした人間です」

 所長が言うと、四ツ谷は露骨にうれしそうに、しかしぶっきらぼうに。

「そうですか。それはよかった」

 そっぽを向きつつ、口をムグムグさせ、髪をいじりいじり。

 これは相当だな。所長は思った。

「ただ、まあ、彼が留守にしているのは本当なので、そこは許してやってください。彼も仕事をしているのです。ちょうど四ツ谷先生が科学に打ち込んでおられるように」

「まあ……許すとか許さないとかじゃなくて仕方がないですけども」

 彼女はまだうれしそうにしている。

「とりあえず今日のところは帰ります。コーヒーのお金は私が払いますよ。これでも天才科学者なのでお金は稼いでいますから」

「いや、私がお支払いします。一応、年上のおっさんですからね」

「これでも私、普通の拝み屋よりは、たぶんずっと多く稼いでいると思いますよ」

 いや、仮にも研究所の所長を務めている私の給料も、あなたのようなひよっ子には負けないと思いますけどね。

 所長は言いたいことを我慢した。

「いや、うぅん、なるほど、じゃあ割り勘で」

「それがいいですね。対等ですよ対等」

 対等というか、科学者として頭角を現している四ツ谷と、妖術の研究者として地位を得ている所長とでは、比べる物差しが違うのでは……と所長は思ったが、言わなかった。

 我慢する言葉が多くて困るな。

 彼は頭をかいた。


 一方、鶴巻たちは。

「……奥多摩?」

「うん。トラスティーズとしては、奥多摩の鉱山を叩くつもりなんだって」

 海野が噂話を拾ってきていた。

 昼食の後、食べている人がいない食堂で話す。

「鉱山……ああ、エイドス術の触媒が採れるとかか」

「そう。日本の中でも一番採掘できる場所なんだって。そこを奪うことができれば、トラスティーズは対・エイドス術師との争いで優位に立てる」

 理屈は通っているが。

「むむむ、足りないな」

「えっ、私のおっぱいが?」

「寝言は寝て言え。その鉱山、占領すれば確かにエイドス術師側に打撃を与えられるけども、トラスティーズ側はなんの得があるんだ?」

 率直な疑問。

「いや……ほへ、言いたいことは分かるけど、エイドス術師側に打撃を与えられればそれで充分じゃないの?」

「一応はそうだろうね。だけど外部から戦力を集めてまで、自分たちに直接の利益のないことをするかな?」

「でもエイドス術師連合会にとって大きな採掘場なんだよね……むむ」

 首をひねる浮田と海野。

 そこへ鶴巻が口を出す。

「主な可能性は二つ。その鉱石自体がトラスティーズでも使い道があるものか、または奥多摩には全く別の、なにか価値のあるものが存在するか。……価値はモノに限らない。地理的に押さえると優位とか、カギとなる誰かを捕らえるとか」

「……浮田眼龍とか?」

 浮田瞬一は至極自然に、仇敵の名を口にする。

「そうだな。だけどいまのところ断言できる確定した情報ではないし、眼龍がトラスティーズにとって戦略的価値があるかといえば疑問だ。野心と謀略ばかりの危険な爺さんで、いまだ本家の残党を率いているとすれば、仮に抱え込むにしてもリスクが大きい。……浮田、お前は憎しみのあまり眼龍を重大視しすぎている。気持ちは分かるが、まあまあ、ほどほどに、抑えてくれ」

「すまない。だけど手持ちの情報が少なすぎて、カギになりそうな存在が眼龍ぐらいしか思い浮かばないのも事実だよ」

「そうなんだよな」

 一同は沈黙する。

「もう少し様子を見よう。まだ出撃の気配はないよな」

「うん。そういうことはまだ耳にしていない。上層部では決まっているかどうか分からない、というかあらかた決まっているんだろうけど、知りようがないし、近くなれば自然と分かってくるんじゃないかな。ホヘヘ」

「まだ雌伏の時ってやつだね。まあ仕方がない」

「とりあえず分かったことは所長と母に報告する。あちらの分析も待とう」

「それがいい。ひとまず戦略の専門家たちに投げるべきだと思う。結論が出なかったとしても、情報は共有される」

 方針が決まると、海野が「じゃあ、そういうことで食堂の軽食コーナーでアイス食べよ、ここのアイス、すごくおいしいんだよ!」と走っていった。

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