▼21・ネジの抜けた才媛


▼21・ネジの抜けた才媛


 その後、彼らは講堂でトラスティーズのお偉方、学会で名を馳せる有名な研究者とやらのありがたいお言葉――科学の研究者が、まるで僧侶のような高尚な説法を行うのには、鶴巻は少なからず違和感を覚えた――を聞いたあと、真壁の案内で急造の宿舎について説明を受けた。

「まあ、宿舎での生活についてだいたいのことは『生活案内』の資料に書かれているから、困ったらとりあえずそれを開けばいい」

 まるで修学旅行のしおりである。

 とはいえ、鶴巻たちは短期、臨時の戦力にすぎず、戦いが終われば去ることになるのだから、短期の宿舎生活を想定するのは間違っていないのだろう。

「鶴巻と浮田は二人部屋、海野は個室だ。基本的に、性別以外の事情で応募グループの部屋を割るつもりはないみたいだな」

 真壁は事もなげに言う。

 この編成のおかげで助かったことがある。他の人間に、鶴巻たちの手持ちの情報にアクセスされるおそれが少ないということだ。

 赤の他人と、部屋まで同じになっていたら、その同室の馬の骨に、鶴巻たちが持っているもの、特に情報に触れられるおそれがある。

 相手がただの他人ならまだいいが、それが本気でトラスティーズの理念に共感する者だった場合、密告、または全部筒抜けのリスクは高かっただろう。

 しかし実際はその危険は回避された。

 鶴巻は念のため部屋を妖術の一種で調べたが、監視機能は特についていない、完全に私室としてプライバシーが確保されているようだった。

 高尚な説法をする学者の精神性と異なり、少なくとも兵員管理の実務に携わる人間は、とりあえず人権に配慮する性格であるらしい。

 ……そもそもこれから戦闘に駆り出す時点で、人権か、という問題はあるが。

 なお同じ舞台に配属される、残り七人とは、この日は空き時間に簡単な雑談をしただけで終わった。ここが交友の場ではなく、各々の生まれ育ちの環境や背景もおそらく違いすぎる以上、きっとやむをえないのだろう。

「浮田、この『仕事』が終わるまで、同じ部屋だな。よろしく」

「よろしく。気の許せる人間が同室で本当に良かったよ。でも鶴巻くんは残念だったね」

「えっ何が」

「海野さんと別室だろう。彼女とよろしくやることができなくて残念だったね」

「おいふざけんな」

 浮田にまで海野の性格が「感染した」のだろうか。

 しかし彼は急に真面目な顔をする。

「それはともかく、海野さんがいつものグループから隔離されるのは心配ではあるね。普段は鶴巻くんが騎士として守ってあげているようだけど」

「それは俺も思っていた。海野はもともとこの抗争に関係のない人だし、経緯からいってなるべく平穏な生活をさせてやるべきやつだと思っている」

「まあ鶴巻くんは過保護だけどね。彼女も優秀なサイキックだし、頭も悪くはないから、トラブルやピンチは、少なくとも宿舎生活の中では起こさないと思うけど」

「あいつの頭は悪いだろ」

「またまた。鶴巻くんだって本当は分かっているんだろう?」

 浮田はニヤニヤ。

「それはともかく」

「おっ、話を逸らしたね」

「それはともかく、この扱いだと、トラスティーズの重要な情報を把握するのは無理そうだな」

「そうだね……」

 浮田は静かに首肯した。

「俺たちの立場、取り扱いが、予想以上に外部的だった。情報管理はかなりしっかりしている。宿舎にそういう価値のある情報は少ないだろうし、情報のある建物や区域に入れる権限もない。さっき渡された説明資料にも明記されている」

「戦闘中に忍び込んだり……も無理そうだね。せいぜい現場の戦況を逐一報告する程度になりそう」

「まあ、噂とか口コミに敏感になるしかないな。俺はあまりそういうのは得意ではないけども、それぐらいしか情報収集の手段がない」

「僕もそう思ったけど……外部者が聞ける噂なんてそんなに多くないと思う。僕たちが接触できる『内側』の人間なんて、せいぜい戦闘の部隊長、もとい主任級ぐらいしかいないからね。こちらから噂を撒いて混乱させることはできるだろうけど、それも軽率に行うとマークされかねない。まあ当面は噂へのアンテナを広げるしかないね」

「違いない。活動の主眼は戦闘中のことになりそうだな。俺から所長に報告するよ」

 合意に至ったところ、ちょうど鶴巻のスマホにレインの着信があった。

 海野の風呂上がりの「セクスィー」な自撮りというくだらないものだったので、放置することにした。


 忘れられている人間がいる。

 科学者でありながらトラスティーズではなく、しかしてオカルトを遠ざけている天才。

 そう、四ツ谷である。

「留守か……」

 彼女は鶴巻のボロアパートに来ていたが、部屋の主はもちろん不在。

 あいつ、この天才科学者が多忙の中、わざわざ遊びに来てやったっていうのに、どこ行ったのよ!

 またオカルトにでも傾倒しているっていうの!

 心中で毒づく彼女の手には買い物袋。手軽につまめる軽食と、飲み物が入っている。

 彼女は酒を飲めないので、ソフトドリンクである。

 わざわざ準備をしたうえで不在であるから、四ツ谷の怒りも理解されないではないだろう。

 しかし。

 そもそも連絡を取ろうと思えば、サブではなくメインのメールアドレスや、レインのメッセージなど、いくらでも取れるのに、事前に約束をせずふらっと雰囲気と気分で来るから、こういうことになるのだ。

 なおサプライズでパーティーをしようと思ったわけでもない。本当に思いついたから電撃的な訪問をしただけである。

 彼女の冴えた頭脳は、残念ながら常識的なことに向いていなかった。

 それが天才の避けられない条件だというのなら、そうなのだろうが、結局ツケを払うのは自分である。

 四ツ谷は受難の天才科学者であった……とまとめればそれっぽいが、それで誰かが得をするわけでもない。

 彼女はそこでようやく連絡手段の存在に気付いた。

 腹を立てながらレインを打つ。

[ちょっと どこほっつき歩いているのよ! 部屋の前で待ってるからね]

 返信。

[どうした。なんかあったのか]

[たまにはあんたと宅飲みしようと思ってきたら留守だったの!]

 宅飲み、ただしアルコール無し。

[すまん。ちょっと長期の出張で家にはいない]

[はあ? 勝手に行くんじゃないわよ]

 少しの沈黙。

[いや仕方がないだろ。俺は拝み屋の中でもそこそこ人気だから、遠くからでも依頼が来るんだ]

[またオカルト いい加減足洗ったら?]

 また少しの沈黙。

[それはできない。俺はこの仕事を天職だと感じている。お前だって、科学をやめろと言われたら怒るだろう?]

 その通りだった。彼女にとって科学は日常であり、求め極めるべき道であり、幼い頃からの人生の全てだった。

 だが、鶴巻がそこまで拝み屋にこだわる理由が分からない。母親は拝み屋同盟のようなものの重鎮らしいのだが、それは鶴巻がその仕事に執着する理由になるのか?

[もう! 帰ってきたら貸しよ 埋め合わせは必ずしなさい!]

[これ俺が悪いのかなあ?]

 ひとしきり当たり散らしたところで、誰かの声があった。

「そこにいるのは誰だい?」

 彼女はその声に振り向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る