▼20・トラスティーズになろう


▼20・トラスティーズになろう


 やがて訓練の時は過ぎ、トラスティーズへの出立の日。

「すまないね。事の都合上、駅までしか見送りに来れないんだ」

「分かっています、所長。むしろお見送りありがとうございます」

 駅前のロータリーで、所長は申し訳なさそうに頭をかいた。

「智奈子さんもエイドス術師側の監視に忙しいんだそうだ」

「仕方がないでしょうね。母はそういう立場の人間です」

「鶴巻くんもママが恋しくて仕方がないだろうけどね、これはどうもね」

「私をからかっているのですか」

 鶴巻が呆れてため息をつくと、所長はハハハと笑う。

「……いや、鶴巻くんの問題じゃなくて、智奈子さんの問題か。成人したとはいえ、息子を危険でしかも複雑な任務に送り出すのに、母親が多忙を理由に一切見送りをしないってのは」

 いつになく真剣な所長に、鶴巻は首を振る。

「いえ、お気持ちはありがとうございます、ですが、ご心配は要りません。そういう家族もいていいと私は思います。まして、いまは妖術師連盟が一丸となり、結束して事に当たるべきとき。母も簡単には業務を離れられない、ということは容易に理解できます」

「そうか。うん、鶴巻くんは大人だな」

 所長は大きくうなずいた。

「だけどたまには、おふくろさんだけでなく周りに甘えてもいいんだぞ。一人で何もかも受け止めようとすると、いつか心が折れる。私は研究者として、そういう人間を何人か見てきた」

「所長は精神科医の心得もあるのですか」

「まあね。医師免許はあるし精神科の研究もしている。まあそれはともかく、きみはいつも報連相の範囲を出ない程度のことしかしないけども、たまには私にも支えさせてくれ」

「そんな、ありがとうございます。ですが」

「ですが、は無しだ。私としてもきみを壊したくはない。人は支え合うものだ」

「分かりました」

 鶴巻は素直に頭を下げた。

「ホヘヘ、鶴巻くん、この海野さんにも甘えてもいいんだよぉ。ほーら、私がヨシのママでちゅよー、おっぱいちまちゅかー?」

「ふざけてんのか」

 鶴巻は海野にデコピンをかました。

「いったー、でもこの反応はもしかして図星?」

「どこがだよ」

「私がママでちゅよ、ヨシくん、おっぱいにしまちゅか、私のは特別に大きいでちゅよ?」

「おい変態、正気に戻れ」

「……まあ海野さんに甘えるのも、鶴巻くんが壊れないために必要なら、一向に構わないぞ」

「所長も正気に戻ってください」

「またラブコメ空間が始まった。そろそろ電車に間に合わないので、僕たちは行きます」

 浮田は催促するように告げる。

「おお、すまないね。じゃ、行ってらっしゃい」

「定期的に連絡はしますので、所長も僕たちについてご心配なく」

「おい浮田、そういうのは俺の言うこと――」

「おっぱいちまちゅかー?」

「うるせえ」

 にぎやかな三人に、所長は穏やかに手を振っていた。


 やがて三人は、電車を乗り継いで、集合場所に着いた。

「よう、きみらが鶴巻、浮田、海野か?」

 いかつい男が話しかける。

「はい。するとあなたが」

「ああ、トラスティーズ戦闘臨時主任研究員、要するに部隊長の真壁という。主任と呼んでくれ。よろしく」

 真壁は手を差し出す。

「よろしくお願いします、主任」

 代表して鶴巻が握手をした。浮田、海野、ともに特に異議がなかった。

 なんだかんだ言って三人組の筆頭は鶴巻でよいようだ。

「ほかの参加者は……」

「きみたちとは別に来てもらっている。なにせ鶴巻くんたちは特別な推薦によるものだからな。もしかして当事者が知らないのか?」

 特別なルートで入り込むということは聞いていた。

 だが。

「いえ」

 ここまで別格の参加方法だとまでは聞いていなかった。

 いや、もしかしたら上層部もここまで特別扱いだとは聞いていなかったのかもしれない。他人のせいにするのはよくない。

「そうだろう。経歴を見る限り、傭兵として戦闘慣れしているそうだからな。おっと、あまり大きな声で言うものではないか」

 鶴巻は偽の経歴を思い出した。中学卒業後、親とともにフリーランスの傭兵として活動していたことになっている。

「そうですね。戦闘には慣れています」

 お前らとの戦いを含めてな!

 鶴巻はトラスティーズとの戦いを思い出した。最近はトラスティーズとは交戦していないが、彼の経験が「科学」に対する諸々の心得を思い出させた。

 とはいえ、真壁主任は悪い人間ではなさそうだ。鶴巻の、長きにわたって戦いの中ではぐくんだ直感がそう告げている。

 いや、トラスティーズにいる時点で、妖術師にとってはまぎれもなく悪である。

 しかれど、個人としては問題のある人間ではないような気がした。

「きみたちの他に七人、合計十人の部隊を率いることになっている。俺も戦闘主任の経験は初めてだ。戦いのイロハはきみたちに教えてもらうこともあるかもしれない。そのときはどうか力を貸してくれ」

「いえ、こちらこそ、一通り戦いの心得はありますが、妖術師やエイドス術師との戦いは慣れておりません。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」

「おう。術に関する知識は任せておけ。みっちり教えてやるからな。ともあれ、まずは講堂へ案内しよう」

 彼はいかつい見た目に似合わない微笑を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る