▼19・ラブコメ空間
▼19・ラブコメ空間
別府とかいう軽率な女を見送った後、さっそく鶴巻は所長と智奈子に連絡を取った。
夜、鶴巻のパソコンからビデオ通信で、海野と浮田も参加しつつ事情が話される。
「とりあえず、その別府さん、に教える情報は、慎重に選んだ方がいいわね」
智奈子はあごをなでつつ話す。
「それは同感だ。どうも軽率にものを話す人のような気がする。口が軽いとかではなく、直情的な感じだ」
「私もそう思うよ。……一番の問題は、鶴巻くんたちの任務を変えるかどうか、どう変えるかだね」
所長が受けて話す。
鶴巻は続ける。
「私見を申し上げますと、トラスティーズ側に潜入したままでも、浮田本家の力を削ることはできると思います。むしろ形式的にはエイドス術師側についている浮田眼龍と戦うには、トラスティーズ側にいたほうが便利かと思います」
「うぅん……」
「そうとも言い切れないわね。エイドス術師にとってトラスティーズは完全に外部。内紛に参加するには、エイドス術師側にいたほうが何かと便利じゃないの?」
「まあ、そうかもしれない。だけどその辺の再割り振り、いまからできるのか、もう俺たちはトラスティーズの武器で訓練に入っているのに?」
言うと、智奈子はあっさり。
「できないわね。もう人員の割り振りはベストな形で決まっている。かなり上で決めたことだから、いまから覆すことはできない。組織の論理ってやつよ。……とはいえ」
「有益な情報と人物には違いない。別府さんのような、眼龍を危険視するエイドス術師が、とりあえずは共闘の状態にあることは、大きな追い風になると思うよ」
所長はしきりにうなずく。
「まあ口、というか頭は軽そうだけどね。彼女に渡す情報は、可能な限り絞ったほうがよさそうだ」
「それは分かりますが、結局私たちはどうすればよいのですか?」
鶴巻のもっともな疑問。
「難しいところだね。大きな点としては、トラスティーズへの潜入の話を、別府さんにしていいかどうか」
「しなければ、別府さんが気づいたときに不信感を持たれるし、話せば拡散されるおそれがあるわね。別府さんの害意の有無に限らずね」
「そもそも別府さんがエイドス術師連合会の命令を受けて動いているおそれも、なくはない。ないだろうけども、警戒はしなければならないと思う」
鶴巻が率直な推測を口にする。
「とりあえず現状維持かな。その上で別府さんには、トラスティーズへの潜入を正直に話して秘密厳守を約束させる。その上で彼女から情報を逐一得る。これが無難な解だと思うよ」
「そうですね。その方針が私も無難だと思います。トラスティーズはヨシたちの動きをまだ知らないわけですから、エイドス術師の中で多少話されたところで、トラスティーズが直ちに警戒するということはないと思います」
所長と智奈子が意見を一致させる。
「というわけで、この方針でいきたいから、ヨシはよろしく」
「よろしくって、この場で決めていいのか。会議にかけるとかは」
「そこはお偉いさんである私を信じなさいよ。それにヨシの地域の管理は、実質的に所長が取り仕切っていることだし」
「そうだぞ。鶴巻くん、私はきみが思っているより偉いんだぞ」
「そうですか」
彼は自分を偉いとぬかす所長を受け流した。
「分かりました。当分はその方針でいきたいと思います」
「うん、それがいい」
画面の向こうで、お偉いさん二人は同意した。
任務を整理する。
トラスティーズの臨時の戦力募集に応じて潜入し、トラスティーズ側の情報を得る。この手配は鶴巻たち末端が行ったのではなく、上のほうで何重にも人を迂回し、鶴巻たちを参加させた。
認識調整の魔道具を用いているので、何かことさらに注目され不信感を抱かれることをしない限り、あちらの中で正体が露見することはない。
そして同時に、きたるべき大きな戦いでエイドス術師……と、その側についた浮田眼龍らと戦い、裏切り者に天誅を下す。術に封印をかけ、戦闘力を奪う。
眼龍を倒せれば、トラスティーズ側に与した浮田郎党も、おのずと屋台骨が揺らぐはず。
いつもと違うのは、あくまでもトラスティーズとしてであるので、妖術は使用できず、主にアンチウィザード銃で戦うこととなる。
もっとも、協力者の別府に渡す情報は最小限に抑えなければならない。機密管理の見地から、色々しゃべると非協力者に筒抜けになりかねない。
「といったところだな」
鶴巻はその概要を浮田と海野に話す。
「うぅん、むつかしい」
「何重にも秘密を帯びるのも複雑だし、やることも多方面に及ぶわけだね」
二人は眉間にしわを寄せながら、腕組みをする。
「まあ……やることは多いな。だけど眼龍に関してだけは、一度俺たちは戦って勝っているわけで、相手の術も間近に見ている。容易とまではいわないけれど、勝手は知っている」
「そうだよね。どう立ち回ればいいのか、ある程度は想像できる」
浮田は率直に口にする。
「ちなみに、トラスティーズ側の残党を叩くのは、主にエイドス術師側の潜入妖術師がやるみたいだね」
「その通り」
智奈子と所長はうなずいた。
「要するにみんな敵ってわけだね。これは面白くなるぞ」
「確かに面白い流れだけども、そんなワクワクするなよ……」
鶴巻は言いかけて、しかしそれ以上の言及を避けた。
浮田にとっては眼龍を再起不能にする絶好の機会。その戦い方が妖術ではなくトラスティーズの技術によるものであっても、千載一遇の好機は逃したくないのだろう。
彼の本家に対する嫌悪を、むやみにネタにしてはいけない。
鶴巻はそう考えた。
「まあ、訓練も総仕上げに入っているから、任務の時は近いな」
「ほへ。私、ちょっと心配だ」
海野がこぼす。
なんだかんだ言って、鶴巻らは彼女にも負担をかけている。
鶴巻はその申し訳ない思いを、素直に口にした。
「海野には、こっちの世界でも戦いに巻き込んでしまって、本当にすまなく思っている。上が言うには貴重な戦力を取り込みたかったようだが、そんなの海野の知ったことではないだろうしな。ただ、妖術師の現状からして、決して余裕がある状況じゃないんだ」
「ほへ……それは分かるよ。別に嫌だって言ってるんじゃない。むしろ私は、いつもお世話になっている鶴巻くんに報いたい。それが戦うことであれば、私はそれを選ぶよ」
「ありがとう。本当に申し訳ない」
鶴巻は本心から頭を下げた。
そこで浮田も一言。
「僕もぜひ鶴巻に報いたい、その気持ちは全然嘘なんかじゃないんだ、たとえ僕がラブコメ空間の外側であっても」
「お前はもともと妖術師で、報いたいんじゃなくてお前自身の問題として眼龍を叩きたいんだろ、あとラブコメ空間じゃねえから」
「やーいラブコメ空間の使い手」
「ほへへ、ラブコメ空間は居心地がいいです」
鶴巻は頭を抱えるとともに、空気を変えた浮田に内心感謝した。
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