▼18・時々出てくるアイツ


▼18・時々出てくるアイツ


 陽がゆっくりと沈み、空が残光と宵闇に分かれ始めているころ。

 別府は鶴巻のボロアパート、彼の部屋の前にいた。

 いない。部屋の主はどこかへ外出しているようだ。

 事前に在宅、外出を確かめられればよかったが、別府はそのような手段を有していない。

 なにせ彼女はエイドス術師で、ボロアパートの君は妖術師。容易に連絡を取れるほうがおかしい。

 仕方がないので、しばらく彼女は待つことにした。

 なお、このアパートには多様な防衛機能が仕掛けられていたが、別府の真意を読んだようで、それらが彼女に牙をむくことはなかった。

 真意。そう、彼女はここへ戦いに来たのではない。

 一応は敵である想い人にすがるというのは、なかなか情けないことだが、しかし彼女はもはや彼に頼るしかなかった。

 ぼんやりしていると。

「そこのお前、誰だ!」

 ボロアパートの君の鋭い声がした。


 鶴巻が海野、ついでに夕飯をタカる気の浮田とともに部屋に戻ると、なんとエイドス術師――名前は忘れてしまった――が待ち構えていた。

 と思ったが、よく考えると、彼女は敵ではないかもしれない。少なくとも敵対の状態ではない。

 アパートの防衛機能が発動していないのだ。

 このアパートの防衛機能は、何重にも入場者の性質をスキャンし、敵味方を正確に判別する最新鋭の妖術設備が含まれている。

 それが反応しなかったということは。

「……いや、海野、浮田、とりあえず警戒を解こう。戦いに来たんじゃないみたいだ」

「その通り」

 エイドス術師の女がうなずく。

「私の名前は別府。今日は浮田眼龍の件について、分家の浮田瞬一氏と親しい鶴巻氏と話し合いに来た」

 鶴巻は、めんどくさいと思いつつ、これは面白いことになるかもしれないという予感を覚えた。


 別府の口によって、浮田眼龍がエイドス術師側に合流したという話がなされた。

「ほう。浮田の当主がそんなことを」

 半ば知っていたが、鶴巻はすっとぼけた。こちらの手をさらすことは、可能な限り避けたかった。

「そして同時に、エイドス術師とトラスティーズの間で、大きな、激しい戦いが行われようとしています」

「ほう。そうなんですね」

 ほとんど知っていたが、すっとぼけた。

「浮田本家は、分裂したと眼龍は言っていましたが、おそらく実際は眼龍の手のうちで、双方を消耗させた上で浮田本家が主導権を握るつもりでしょう」

「むう、そうですか」

 予想のついていたことだが、すっとぼけた。

 先ほどからすっとぼけてばかりの鶴巻だが、この別府とかいうなんでもしゃべる女と違い、鶴巻には組織の一員として秘密の一端を担っているという意識があった。やむをえないことだった。

 別府が鶴巻に対して口が軽いのは、協力を得やすい相手と彼女が判断したほかに、個人的な思慕もあったからなのだが、それを鶴巻は知らない。

 第一、最も協力を得やすいのは、話の流れとしては鶴巻ではなく浮田であろう。

 なんせ眼龍とは決定的な敵対関係にある。

 実際、浮田は珍しく、若干興奮したように割って入った。

「鶴巻。眼龍が調子に乗るのは、僕としても許せない」

「まあ待て。別府さんといったかな、私たちに何を望むのです?」

 聞かれて、彼女は答えた。

「私たちと共闘してほしい。浮田眼龍とその一派を、エイドス術師ときみたちが力を合わせて、再起不能にさせよう、その交渉のために私は来ました」

 しばしの沈黙。

「それはエイドス術師連合会の総意ですか?」

「いや、私の個人的な思いにすぎない。上のほうはずいぶんと呑気で、浮田眼龍の一味を逆に利用して適当に使いつぶせると思っているようなのです」

「あなたはそうは思わないと」

「はい。あの爺さんはそんな軟弱で愚直な人間ではありません。上には危機感が足りません」

 話の筋は通っていた。確かに、妖術師界隈の話を漏れ聞く限り、眼龍は使い潰されるようなタマではない。

 筋を通していないのは、この話が全く別府の独断で持ち込まれたことだ。

 いや、それはそれで仕方がないのだが、鶴巻は下っ端であるし、そもそもトラスティーズ側に潜入することになっている。ここでうかつに返事はできず、所長や智奈子ほか上層部へ話を持っていくべきとみえる。

 それも、そのことを別府に悟られずに。

「お話は分かりました。しかしなにせ突然のことで、眼龍がそのような策動をしているのもいま聞いたばかりです。考える時間をください。そして可能であれば、連絡先を交換しませんか」

 一瞬、別府がにへらと気持ち悪く笑った気がしたが、気のせいだろう。

「お互い、メインのメールアドレスでは困るでしょう。まずはサブのメアドで」

「分かりました」

 この業界では、他陣営の内通者との連絡や、戦闘の中での軍事交渉に用いる目的で、他陣営に教えても構わないサブのメールアドレスを持つのが常識となっている。

 連絡先を交換した両者は、まずは互いに頭を下げた。

「よく考えた上でお返事をしたいので、まずは今日のところはここで。家まで送りますか?」

「いえ、構いません。車で来ましたので……ふふ、猛者と名高い鶴巻氏と連絡先を交換できて、うれしい限りです」

 サブのメアドなのに、なに浮かれてるんだこいつ?

 鶴巻は若干の疑問を持ちつつも、彼女を丁重に見送った。

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