▼17・またも潜入
▼17・またも潜入
一方、エイドス術師連合会では。
「浮田眼龍の一味を取り込む?」
別府が素っ頓狂な声を上げた。
「正気ですか?」
「ああ。取り込むというか、あちらのほうから保護を求めてきたからな」
広域支部長がうなずく。
「あの老爺、どうみても連合会の使い走りでは終わりそうにないですよ、絶対に大それたことを企みます、それでも取り込むおつもりですか?」
別府は、眼龍と面識はないが、その人物像は比較的詳細に聞き及んでいる。
浮田本家の当主。拡大路線を好み、武と謀略によっておのれの勢力を広めんとする、時代錯誤の野心家。
そんな人間が、術の系統すら違う者たちの言うことを、ただ愚直に聞くはずがない。
まして浮田本家は、その勢力を分割して、トラスティーズ側にも浸透しようとしていると聞く。本人たちは仲間割れと称しているが、眼龍がそのようなことを許すはずがない。
計画的に、エイドス術師連合会とトラスティーズの双方を内部から貪り食おうとしている。
見え透いた謀略を前に、しかし広域支部長は。
「それでも、庇護を求める形で接近してきた以上、これを断るとか、ひっ捕らえて拷問にかけるとか、そういうことをするわけにはいかないのだよ」
「しかし、あのジジイは危険すぎます!」
だが、いきなり現れた人影が口をはさむ。
「おうおう、ジジイとはずいぶんな言い草だな」
とっさに振り返る別府。
「眼龍……殿……!」
「眼龍殿、うちの部下の失礼な言動、お許しください」
とっさに広域支部長がわびる。
「まあ頭を上げてくだされ。わしも妖術を使う者、エイドス術師からこのように警戒されるのも仕方がないというもの」
ふふふ、と、包帯を気にしつつ眼龍は不気味に笑う。
別府は全身にぞわりと寒気が走った。
「わしらは、わしらを丁重に扱う者の味方である。受けた恩義は必ず返す。それが浮田本家の流儀ですからな」
よく言う、妖術師連盟は裏切ったくせに、と別府は心の中で毒づいた。
眼龍がどれほど職権を濫用して横暴をしてきたか、別府は伝聞の形ではあるが知っている。
その結果が浮田瞬一らによる造反鎮圧であることからも、程度が分かるというもの。
たった三人に鎮圧させられた浮田本家。
しかしそれは浮田本家が弱いという意味ではない。浮田瞬一と、鶴巻の人並み外れた強さ、ついでに海野の未知の力が、名門をも退けたのだ。
そのような、決して弱くはない浮田本家が、心にもないことを言える眼龍に、面の皮の厚い当主に率いられて、連合会に浸透されたら。
これは結構な危険である。明白に危険である。が、いまの時点で別府の立場からできることはない。
下っ端の歯がゆさである。
「眼龍殿、貴殿のその拡大志向は、いつか身を滅ぼしますよ」
「なんのことかな。わしは浮田本家を存続させることに手一杯で、拡大なんぞ全く手も届きませんな」
眼龍はクハハと、どこかふてぶてしく笑った。
ある日、鶴巻と海野は妖術師研究所へ呼び出された。
「昨日は妖力調整で夜中までかかったってのに、呼び出しとか人使いが荒いな」
「所長さんが?」
昨晩はぐっすり快眠していた海野が尋ねる。
「……いや、多分だが所長の決定ではないな。もっと上が指示したんだろうな。そんな気配がある」
と、鶴巻のスマホが音を立てる。
「レイン……浮田?」
[研究所に呼び出された。鶴巻のほうはどうだい?]
「エェ、あいつまで、いったい何をするんだ」
彼は首をかしげた。
「もしかして、浮田本家の残党が色々活動しているのと関係があるんじゃない?」
「でも研究所だぞ。妖術師連盟の本部から何か来るならメールで足りるし、そうでなくても連盟会館の大ホールのほうが大きな連絡には適しているはず」
「連盟会館なんてあるんだ」
「ある。だけど妖術師連盟からの連絡は、特にスマホとパソコンが発展してからはメールやメッセがほとんどだし、ビデオ会議も世間に先んじて積極的に使っていた。つまり会館は、最近はほとんど使われていない」
言って、鶴巻はボロアパートの外を見る。
「迎えの車が来たな。早い」
「乗ろう!」
二人は最低限の準備をして、外套を羽織り、外に出た。
車で快適に研究所までたどり着くと、すでに所長と浮田がいた。
「お疲れ様です、所長、何かあったんですか?」
「うぅん……何かあったというより、これからの備えをするというか」
「もったいぶらないでくださいよ」
「どこから話したらいいか、考えているところだ」
所長はどうやら、からかうためにもったいぶったのではないようだ。
「まず、これを見てほしい」
目の前に出されたのは、ライフルのようなもの。
しかし鶴巻は。
「これ……!」
目の前の銃器がどういうものか、すぐに分かった。
術師が警戒する装備の一つ――アンチウィザード銃。
「こんなもの、いったいどこで手に入れたんです?」
「いや、それは不思議がるところではないよ。これまでのトラスティーズとの交戦で、散々回収してきたからね」
そういえばそうだった。
鶴巻は頭を冷静にした。
「で、これをどうするんですか」
「結論から言うと、きみたちは、トラスティーズに潜入してエイドス術師と、この銃で戦ってもらう」
「え?」
鶴巻は冷静にした頭がまた混乱した。
「いきさつを語ろう、じっくり聞いてくれよ」
浮田本家の流入により、とりあえずは戦力を増したエイドス術師連合会とトラスティーズは、お互いとの大きな抗争を計画しているという。
その先鋒に立つのは当然ながら浮田の郎党。
もちろん、異分子の参加によって戦い自体を有利に進めるためでもあるが、お互いにとって浮田本家の存在は危険であることが認識されているようだ。
そのきたるべき抗争の中で、妖術師連盟もただ手をこまねいているわけではない。
妖術師からも、戦いに潜入して混乱と互いの被害を拡大させ、今後の戦略を有利に進めていくという目論見である。
もっとも、妖術師はエイドス術を使う才能はない。ある者もいるが、ごく限られているし、少なくとも鶴巻たちには使えない。
そこでいつもの三人は、臨時の戦力ということでトラスティーズ側に潜入し、目の前のアンチウィザード銃を使ってエイドス術師と戦う体裁で、混乱を広げることとなった。
「アンチウィザード銃か……」
「怖いのかい?」
所長の言葉に、しかし鶴巻は首を振る。
「いや、こんなのがエイドス術師に効くのかな、と思いまして」
総じて術師たちには、通常の武器は効きにくい。
全身の細胞が、うっすらと科学を超えた力を帯びているため、例えば銃で撃たれても、一般人よりだいぶダメージが少なくなるのだ。
アンチウィザード銃は、その点を克服した。
科学を超えた力を異次元の力で相殺することによって、通常の銃より術師たちに有効なダメージを与えられるのだ。
しかし。
「私は何度かアンチウィザード銃が命中したことがあります。ですがそんなに効かなかった覚えが……」
「それはきみの実力だね。優秀な術師ほど、細胞のハウゼン抗力――『科学を超えた力』は減殺されにくくなる。普通の術師は容赦なく傷を負うよ」
所長は事もなげに言う。
「で、本題に戻ろう。この機に乗じてトラスティーズやエイドス術師に損害を与えるべく、きみたちはトラスティーズに潜入してもらう。その際、このアンチウィザード銃がメインの武器になるから、これからみっちり、この銃を使いこなせるように訓練してもらおうというわけだ」
「なるほど。……他の妖術師の姿が見えませんが」
「他は他で訓練をしている。きみたちは連盟の中でも特に優秀な戦力だから、色々融通の利くこの研究所で訓練をしてもらうというわけだ。いいかな」
断る理由はなかった。
「上からの命令なら、やむをえないですね。トラスティーズの武器を扱うのはいささか気が引けますが」
「かなり上層部からの命令だから、そこは我慢してほしい。それに、きみたちはエイドス術を使えないから、トラスティーズに臨時戦力として潜入する以外に選択肢がないんだよ。すまない」
「いえ、所長が謝ることではないですよ。私はやります」
「僕も訓練させてもらいます」
鶴巻と浮田が力強くうなずく
「ほへ、私は……」
「ああ、海野さん、きみはアンチウィザード銃で撃たれてもほとんど効かないみたいだね。この前の検査でそういう結果が出ている」
「ほへー。とりあえず私も訓練します。戦いでお役に立ちたいです」
「その意気やよし。じゃあ早速案内するよ」
所長はニカッと笑った。
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