▼16・海野ちゃんは大事


▼16・海野ちゃんは大事


 智奈子の手料理を食べた三人は。

「ふう、ご馳走様でした」

 ただひたすらに満足していた。

 そこでふと、智奈子が海野を呼ぶ。

「あ、海野ちゃん」

「はい、なんです?」

 彼女は走り書きを彼女に渡す。

「食材以外にも、ヨシくんのアパートは色々物が足りなくて。ちょっとこのメモに書いた物を買ってきてくれない?」

「これをですか。駅前の商店街とスーパーを巡れば、だいたいそろっていそうですね」

「ご名答。怪しい店とかには行かなくて済むはずだよ。ヨシくんは行ってそうだけど」

「おい、変なレッテルを」

「鶴巻くんはムッツリスケベですからね。ありえそうです」

「おい怒るぞ」

 言うと、海野は「ヒャー」などと棒読みしながら、風のように買い物へ向かった。


 さて。

 智奈子はヨシと浮田に向き直る。

「海野ちゃんのいないうちに言っておくわね」

「やっぱり海野を人払いするためのアクションだったか」

「まあ、そうなるわね」

 彼女は柄にもなく真剣な表情をする。

「で、海野さんの立場はとっても複雑なのは分かっているわよね」

「サイキックという未知の術使いで、こちらの貴重な戦力で、敵に捕まればおそらく分析される。時に非人道的な手段で。だから守らなければならない。……そういえば一人で買い物に行かせたのは大丈夫か?」

「この辺は妖術師の支配が安定しているし、彼女自身すごく強いから、心配はないと思うよ。第一、その辺りが心配だったら、このボロアパートにヨシを独り暮らしさせない。少なくともきちんとした家で、数人の妖術師の同居にするよ」

「なるほど」

 鶴巻はうなずいた。

「で、話を戻そう。……彼女は未知の存在でありながら、貴重な戦力で、保護の対象でもある。繊細な扱いが求められる。分かる?」

「分かってるさ。海野みたいな、戦火を逃れてきた人を戦いの渦中に放り込むのは、気が引けるけれども、状況が状況だけに仕方がない」

「そこが分かっていればよし。ただ、浮田本家との戦いに彼女を参加させたのは」

「繊細な扱いではない、ってか?」

「いや。私はその判断を尊重するわ。浮田本家に瞬一くんとヨシの二人だけで殴り込みをかけるのは、戦力的にだいぶ心配だからね」

 そこで浮田。

「本来は浮田一族の戦いなのに、ヨシと海野さんを巻き込んだのは、本当に申し訳ありませんでした。ただ、おっしゃるように僕一人だけでは戦力がだいぶ足りなかったのは事実です」

「そこは責めないよ。あの戦いには、海野さんもヨシも必要だった。私はその場にいなかったけど、浮田郎党の力からいって、そのぐらいは量れるよ」

 だけど、と彼女は海野の食器をしまう。

「海野さんを戦いに加えるかどうかの判断は慎重にね。……いや、海野さんはヨシの力になりたいって懇願するだろうね。ヒュー」

「で?」

「その場合でも、まあ、戦いに参加するのは仕方がないにしても、彼女を守るということを忘れずにね。半分精神論になっちゃうけど」

 智奈子はそう言って、食器を洗い終え、食器棚に戻した。

「あと、ヨシはくれぐれも海野さんには紳士的に接すること。ケダモノになっちゃ駄目よ」

「馬鹿にしているのか」

「いや、割と本気の話だよ」

 智奈子は首を振る。

「いまの彼女は味方で、強い力を秘めている。底知れないほどにね。ヨシの行為で彼女を妖術師連盟が手放すことになれば、エイドス術師やトラスティーズとの戦いに大きな波乱が巻き起こる。それだけは避けたい」

「まあ……敵に寝返ったら恐ろしいことになるな」

「でしょ。だからヨシは、ついでに浮田くんも、紳士的でなければならない」

 彼女はまじめに次の言葉を吐き出す。

「もっとも、海野さんはヨシにべた惚れみたいだけどね。平和的にゴールインも近いとみた。浮田くんはどう思う」

「そうですね……」

「馬鹿なことばかり言ってるとご退出願うぞ」

 鶴巻は部屋の主らしく、管理権を行使しようとした。


 その後、海野が買い物をして帰ってくると、智奈子は「時間だから、もう行かなきゃ」とバタバタ出立の支度をしていた。

「ああ、そうだった、智奈子さんは妖術師連盟のそこそこお偉いさんだったね」

「そうよ浮田くん。お偉いさんだから色々駆け回らなきゃならなくて、大変なの」

「忙しいアピールはいいから、はよ準備しろ」

 鶴巻は催促する。

「母さんを邪険に扱うなんて、ひどいなー」

「鶴巻は本当にひどいなー」

「浮田まで一緒になるなよ」

 馬鹿なことを言い合っていると、海野が。

「あの、智奈子さん」

「なに?」

「今日は様子を見に来てくださったり、料理を作っていただいたり、本当にありがとうございました」

 ぺこりと一礼。

「ほーん、海野さんは本当にいい子ね。どこかの力だけのドラ息子とは大違いだわ」

「おい」

「でも」

 海野は切り返す。

「私は決してご迷惑をおかけしません。自分の身は自分で守れるつもりですし、鶴巻……ヨシくんには大変お世話になっていますから、戦うことで恩返ししたいと思っています。元の世界がどうこうとは関係なく、寝床とご飯の恩返しとして。私は恩知らずではありません」

 宣言に対し、智奈子は。

「へえ。まあ海野さんにも事情があるんだろうからさ、もうちょっと肩の力、抜こう」

 にへらと微笑。

「みんな頑張っている。海野さんはその中でも人一倍頑張っている。だからヨシは保護するし、浮田くんはサポートする。それだけのことだよ」

 彼女はアパートの扉を開ける。

「戦いは避けられないけど、海野さんがのびのび暮らせるように、私たちは取り計らうつもりだよ。……じゃあまた。私は忙しいからね」

 彼女は手をひらひらさせると「お偉いさんはつらいなあ」などとのんきなことを言っていた。

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