▼15・和気あいあい?


▼15・和気あいあい?


 数日後、予告通りに鶴巻母が来た。

「ヨシくん、お母さんだよー」

 アパートのチャイムとともに、一見呑気な声が響く。

「海野、くれぐれも隙を見せないようにな」

「分かってるよ、将来のお義母様だからね」

「……あと浮田、は心配ないか」

「分かってるよ。間違っても眼龍相手みたいな罵倒はしないよ」

「不安だなあ」

 言っていると、母・智奈子は催促する。

「あんまり待たせるとドア壊しちゃうぞ」

「はいはい。いま行く」

 彼がドアを開けると、そこにいたのは穏やかな表情の母親。

「久しぶり、ヨシくん」

「あぁ久しぶり」

「で、ヨシくんが拾ったと称して手籠めにしている女の子はどこ?」

「ちょっとその言い方」

 海野が手を上げる。

「私です。鶴巻くんにはお世話になっています。とてもよくしていただいて、本当に感謝しかありません」

 見事な猫かぶり。

 しかし。

「うぅん、猫をかぶっているわね。私お見通しだから、いつもの態度を見たいな」

 一発でバレた。

「猫をかぶるとは、いささか不穏な言葉ですね。私は普段からこうですので、いったいどうしたら」

「だってヨシくんにまともな女の子が近づくわけないじゃない」

「おい」

「それに、別の時間軸からやってきたんでしょ。この世界でぐらい、のびのびとしてほしいんだ」

 智奈子は海野に、穏やかに話しかける。

「私たちは見ての通り妖術師で、この世界では不運にも日常的に戦いをしている。その中に海野さんを巻き込むのは心苦しいけど、せめて戦いのないときぐらいはゆっくりしていてほしいな」

 真摯な姿勢だった。

「なるほど、ご厚意にはとても感謝します。ですが私も居候の身、なるべくヨシくん、ではなくて鶴巻さんにはご迷惑をかけないように暮らしております」

「で、海野ちゃん、ヨシくんとはどこまで進んだの、チューとかした?」

「おい人の話を聞け」

「居候の身でヨシさんにそんな、大それたことはできません。毎日とてもよくしていただいていますので」

 まだ猫かぶりを続けるようだ。

 悪いことではないのだが、疲れる。

 鶴巻は目頭を押さえた。


 智奈子は、おそらく研究所の所長あたりを通じて、だいたいの経緯を知っていたようだが、改めて事情を海野から聞いた。

「一九八〇年ごろから分岐した世界か。まるでSFだね」

「ファンタジーそのものの俺たちが言えた言葉ではないけどな」

 言うと、智奈子は小首をかしげる。

「私たちがファンタジー? だって妖術師は確かに存在するじゃない」

「自覚がないって怖いな」

「あの、智奈子さん」

 浮田がフォローを入れる。

「普通の人にとって、妖術師はファンタジー側の人間ですよ。SF側の人間の海野さんが驚いていたんですから、間違いはないです」

「なるほど。……そういえば瞬一君は大変だったみたいだね」

 本家のあれが。

 言わなくても伝わる言葉。

「そうですね、協力してくれたヨシと、海野さんには本当に感謝しています。特に海野さんは本来、妖術師やエイドス術師には関係のない立場ですが、ご協力がなければ鎮圧は難しくなっていたでしょう」

「ほう」

「もちろんヨシの活躍もありましたが、海野さんは内紛鎮圧にも協力してくださる、正義のお方です。感謝してもしきれません」

 一分の隙もない、完璧な持ち上げである。

「へえ、海野さんはそこまで戦ってくれたの?」

「ええ、彼女の支えがなければ、作戦は失敗していたでしょう。ヨシは若手のホープで、たぐいまれな実力であることは認めますが、彼の協力だけでは、僕たちは残念ながら捕まっていたに違いありません。海野さんには心から感謝しています」

「へえー。海野さんは悪い人ではないし、強い女の子なんだね。そんな海野さんは、ヨシとどこまで進んだの?」

 しつこい母である。

「そんな、おそれ多くて」

「いまのこの世界では、女の子からも積極的にアプローチしないといけないんだよ」

「そう、なのですか?」

「そうそう」

「おい嘘を教えるな。海野、俺たちは決して恋人関係ではないし、当然、変なことも経験していない。そうだな?」

 言うと、海野はなぜか機嫌を損ねた。

「変なことは経験していませんけど、時々ヨシさんから熱い視線を感じます」

「おい、ちょっと」

「あら、それは大変ね。ヨシ、どういうことかしら」

「どうもこうもない。熱い視線なんか送っていない」

「鶴巻、僕帰っていいかな」

「ちょっと浮田、俺を見捨てるな」

「このラブコメ空間、すごく面倒に思えるんだけど」

 浮田まで帰り支度をしようとする。

「ヨシも男の子だからね。いくら上層部が紳士的と認めたとはいえ、本性はケダモノでもおかしくないからねえ」

「そこまで経緯知っているなら、上層部の言うとおり息子を信じろよ」

「やだ」

「やだって」

 鶴巻は「ああもう」と頭を抱えた。

 心労の募る彼であった。


 ひとしきり海野とふざけ合った後、智奈子は改めて向き合った。

「今日母さんがここに来たのは、伝えたいことがあってなの」

「海野さん関連?」

 かぶりを振る。

「違うわよ。なんだかんだ言って、ヨシくんは変なことはしないでしょ。そんなことをしたら、妖術師連盟はあなたを処罰せざるをえなくなるし、海野さんはエイドス術師あたりに寝返る。それは妖術師連盟にとって大きな損失になるし、あなたもその辺りは分かっているはずよ」

「おお……」

 ならなぜ茶番劇をした?

 言葉を彼は飲み込んだ。

「で、伝えたいこととは?」

「浮田本家の残党が、まだ活動しているみたい」

 彼女は真剣な表情。

「浮田本家が、まだ?」

 浮田瞬一が反応する。

「ええ。エイドス術師側に行く勢力とトラスティーズにすり寄る勢力がいるみたいだけど、いずれにしてもまだ戦いをあきらめてはいないみたい。情報が漏れる危険があるけど、それにも増して」

 彼女は人差し指を立てる。

「どうやら残党は、エイドス術師連合会やトラスティーズの乗っ取りを企んでいるみたい」

「……それは本当か?」

 鶴巻は耳を疑った。

「抗争に敗れて、仮にも受け入れてもらう立場で、受け入れ先の乗っ取りを企てている?」

「その通り。ある意味鋼の意志だね」

 彼女はふふふと笑う。

「まあ乗っ取り自体は、勝手にやってって感じなんだけどね。エイドス術師やトラスティーズを刺激するからよくないってのも違うし。もう充分敵対している」

「それもそうだ」

「ただ、妖術師の内情を知る人間たちが、別の組織の私物化を企んでいるっていうことには、多少の注意が必要だと思う」

「むむ」

 彼は腕を組む。

 同時に腹が鳴る。浮田の。

「おっとすみません。真面目な場面でこうなるとは」

「いい機会だ、母さんが皆に手料理を作ってあげる」

「すみません。ありがとうございます」

「ヨシくんのお母様の手料理ですか。楽しみです」

「まあ仕方がないか」

 三者三様の反応を背に、智奈子は冷蔵庫を見つつ「まず食材から買いに行かなきゃ。ヨシくんの食生活がうかがえるよ」などと愚痴っていた。



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 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 この話で、作品全体の折り返し地点を過ぎました。

 もし、これまでのお話の中で、少しでも「これはいいな」とお思いになりましたら、ぜひ清き星評価やブックマークをたまわりたく思います。

 作者のモチベーションになります。どうか、お気軽にポンとくだされば幸甚です。


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