▼13・当主眼龍


▼13・当主眼龍


 たまに現れる人をやり過ごし、時には素早く組み付いて無力化し、やがて当主の部屋らしき場所の扉の前にたどり着いた。

「順調に着いたな」

「……そうだね……」

「どうした浮田、おじけづいたか」

 問うと、浮田はかぶりを振る。

「そんなわけないよ。ただ、順調すぎるのが気になるだけだよ」

 浮田の言葉に、答えた者は。

「その通り、よく分かったものだな!」

 どこからともなく、大量の浮田家妖術師たちを引き連れ、重鎮らしき男が現れた。

「これは……最初から?」

「そうだ。村の周辺の罠がおおかた解除されていたから、こちらもネズミが入ってきたと知ったのだ!」

 彼はガハハと高笑いする。

「野営地には使った跡もあった。これで気づかないほうが愚かというもの。さあ覚悟しろ!」

「それでも僕は――」

 浮田の言葉、しかしそれより先に鶴巻が答える。

「それでも、ここであきらめるわけにはいかない。窮している友人のために!」

 海野は意外にもここで「暑苦しい男の友情だねえ」などとは茶化さなかった。彼女なりに状況は弁えているようだ。

「浮田、ここは俺と海野でどうにかするから、お前は眼龍を倒せ。取り巻きが護衛しているだろうが、俺たちはそこまで手が回らない。お前が戦ってくれ」

「オーケー。気遣いありがとう」

 浮田はそう言うと、【風の弾よ打ち砕け!】と妖術を行使し、派手に扉を吹き飛ばした。


 正義の分家が、悪の本家と相対する。

 白髪峻厳、眼龍の周囲には十人ほどの護衛。いずれも腕利きであることが見てとれる。

「ネズミが紛れ込んだとは聞いたが……お前は誰だ?」

 浮田――浮田瞬一は分家の末席にすぎない。本家の当主がよく覚えていないのは致し方ないことだった。

 だから彼は答えた。

「本家の腐れ外道を誅する、正義の分家の端くれだ」

「分家に正義? 違うな。本家こそが浮田郎党の正義だ」

 話を眼龍は続けようとしたが、大声で瞬一は制する。

「ふざけた言葉は要らない! 僕は正義に従って眼龍、貴様を討つ!」

 眼龍は顔をしかめる。

「おう分家。誰が本家当主の言葉をさえぎって良いと言った、本家の格を知らぬ分家は、こうも礼儀を弁えぬものか」

「おい眼龍。誰が貴様に従う義務があると言った、個人の平等を知らない本家のクソ爺は、こうも老いて害をなすものか」

「分家、仮にも本家のご頭首様に失礼――」

 言おうとした本家の護衛を、浮田は無詠唱の妖術で吹き飛ばす。

「げほっ――」

「無詠唱独特の気配も感知できないのか。これが家制度の中で偉ぶっていた本家か、なあ皆、権威をかさに着て分家を従わせて、エイドス術師に従うとかいう寝言をほざいていた『本家様』の実力は――この程度でしかないのか!」

 怒気。憤怒の気迫がまるで立ち上るかのように。

「分家より本家が偉い、本家こそが分家をまとめるものと粋がっていた本家の『皆様方』は、こんなにも弱くもろい、吹けば飛ぶような存在なのか、分家の上に立っていた自尊心の塊は、ただの一分家になぎ倒されるだけの雑魚だったのか!」

 ないがしろにされ続けてきた、特に末端の分家。

 下剋上の時は来た。

【風の弾――】

「無駄だ!」

 詠唱しようとした護衛を、またも浮田はやすやすと吹き飛ばす。

 派手な音。吹き飛ばされた護衛がぶつかり、屋敷の頑丈な壁が壊れる。

「なあ教えてくれよ。本家のご身分の根拠ってやつを!」

 次の護衛は、彼の風をまとった拳で一撃。

「ぐぼぇ!」

「僕は本家の人間を強いと思っていた。だけどそれは間違いだった。権威の源だと思っていた『強さ』は、ここまでもろく儚いものだったなんて、思いもしなかったよ!」

 気がつくと、護衛はあらかた戦闘継続ができない状況に陥っていた。


 そこで鶴巻と海野が駆けつけた。

「あらかた相手の応援は片付けたぞ、大丈夫か浮田、瞬一!」

「鶴巻くん本当に強いね。応援の群れも結構な使い手だったのに、全員倒しちゃった」

 しかし浮田は制止する。

「気持ちは嬉しいけど、そこで待っていてほしい」

「……一騎討ちか」

「ああ。こいつは僕が、僕自身の手で倒さないと納得できない」

「……そうか。頑張れよ。あ、でも危ないことになったら加勢するからな。これは一騎討ちであると同時に、妖術師連盟という組織の問題でもあるから」

 言うと、彼らは一戦を見届けるべく部屋の隅に立った。


 眼龍が素早く詠唱する。

【あまねき力場よ――】

「させない!」

 浮田は無詠唱で風の弾を打つ。

「くっ!」

「妖術師の武器は、妖術だけじゃない!」

 一気に距離を詰め、格闘に持ち込む。

「邪道が、だから分家は出来損ないの分家なのだ!」

「勝ってから言え!」

 細身なわりには速く重い攻撃を、だが眼龍はなんとかさばく。

 さすがは戦闘集団の長、体術の心得もあるようだ。

「ふん、底が見えた、【あまねき力場よ、叩きつけよ!】」

 しかし、詠唱が完成する瞬間に浮田は眼龍を引き倒し、力場の作用はあさっての方向に飛んだ。

 天井の細工が派手な音をして壊れる。

「うおぉと」

「ひゃ」

 鶴巻と海野はあわてて逃れる。

「これを僕の底だと思うなよ、これで終わりだ、【あまねき力場よ、へし潰せ!】」

 妖術により、眼龍は床と力場に挟まれ、潰れそうになる。

「ぐぐぐ、【あまねき力場よ、戒めを解け】」

【あまねき力場よ、その全てをもってへし潰せ!】

 マウントを取っている状態の浮田は、さらに術を重ねる。

「かはっ……! まだまだ、ゲホ、ここで」

「死ね! お前に未来はない!」

 浮田は眼龍の頭を乱暴につかむと、詠唱。

【風の弾よ、微塵に打ち砕け!】

 渾身の一撃が頭に直撃。眼龍は完全に沈黙した。

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