▼11・本家と分家


▼11・本家と分家


 それからさらに数日。

 鶴巻のアパートに、浮田が転がり込んできた。

「た、助かったよ。ありがとう。二人の邪魔をしてごめんな」

「どうした、そんなに憔悴して、お前らしくないぞ」

 浮田は息を整えると、「ま、それもそうだよね」とうなずいた。

「何があったんだ」

「一言でいうと、浮田本家――の大半が造反を始めた」

「……なんだって!」

 鶴巻は、浮田に出そうと持っていた水のコップを落とした。


 浮田本家は、一部を除き、以前からエイドス術師連合会に接近していたが、ある日、それに反対していた分家の勢力に一掃作戦を仕掛けた。

 電光石火、まさに突然の奇襲であった。

「僕はまだ生きているからマシなほうだよ。闇討ちでろくに反撃もできず死んでいった親戚たちもいる」

「むごいな。戦いは総じてむごいが、これはその」

「まあ最後まで聞いてほしい」

 本家は、分家有力筋の重鎮、何人かを捕らえ、屋敷のような本家の邸宅に閉じ込めている。

「分家有力筋……妖術師連盟の中でも結構な地位にある人たちか」

「そう。連盟のそれなりに有力な人たちが囚われている」

 そして、同時に本家は手を打った。

「妖術師のほとんどの戦力は、本家の計略、または機をみるに敏な判断で、助けに行けない」

「話が分かったぞ。俺たちで本家に乗り込むんだな」

 言うと、浮田は大きくうなずいた。

「頼む、鶴巻。普段から君には迷惑ばかりかけているけど、どうか裏切り者の本家撃破に協力してはくれないか」

「頭を上げてくれ。話を聞いた時点で、もう返事は決まっている。お前に協力する」

「鶴巻……!」

 浮田は涙を流しつつ。

「僕はきみが友人で本当に良かった。この妖術師最大の機器、浮田家の危急存亡のときに、立ち上がってくれるんだな」

「当たり前だ。そこまで横暴を許す俺じゃない。一緒にこの急変を乗り越えよう。なあ海野、お前も来てくれないか」

 そばで見ていた海野は、みかんを食べながら「はいはい、暑苦しい男の友情はいいですね。私も鶴巻くんの行くところにはどこでもついていくけどね」とだけ言った。


 鶴巻は事情を研究所の所長に説明し、結果、自動車で浮田本家の山村――のふもとまで送ってもらうことになった。

 鶴巻としては、所長も戦力といいうるので同行を願おうとしたが……。

「すまない。研究所も浮田本家の計略でごたついているんだ。私は所長として責任をもって鎮静化しなければならない」

「……なるほど。その中、ここまで送ってくださりありがとうございます」

「いいってことよ。妖術師連盟は各所で、おそらく浮田本家とエイドス術師連合会の策謀でてんやわんやだからね。むしろ敵の本拠地にきみたちを送ることになって、申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」

「そんな、本当にありがとうございます」

 車を降りると、所長は「がんばってくれ」とだけ残して、来た道を戻っていった。


 うっそうとした山林。狭く険しい道を、しかし鶴巻、浮田、海野の三人は決然として登ってゆく。

「本家が、なんつうかこう、人里離れた山の中にあるとは、いささか合理性に欠けないか。金も物も豊富にあるなら、都会に豪邸を建てて住んだほうが……いや、違うか」

 鶴巻は正直な感想を言いかけて、しかし口をつぐんだ。

 父祖代々の土地を、里を守る。それが一種の慣習になっているのだろう。現代ではなかなかお目にかかれないものだが、無いと言い切ることはできないし、現に浮田本家はそうなっている。

 それに、分家を密集させることで、近いところで監視することもできる。

 鶴巻の友人である浮田は、分家の末席であり、家格の面から取るに足らないものとして、里を出ることが許されたというか、不問に付されているのだろう。彼は鶴巻の近くの地区を任されるほどには、家の縛りからは自由である。

 と。

「そこに罠があるな」

 鶴巻は気配を察知した。

 おそらくこれは幻惑の罠。あらかじめ蓄積された妖力で幻を見せるものだ。

 しかし、浮田は別のものを見つけた。

「こっちは鳴子だね。うかつに触れるとガランゴロン鳴って侵入者を知らせる。鶴巻、こういう術に頼らない罠にも注意してね」

「そんなものまで。これは一筋縄ではいかなそうだな」

「おっと、そっちはトラバサミ密集地帯だ」

「おお、危ない危ない」

 見やると、草木に混じって、鋼鉄の仕掛けがチラチラ見える。

「これは……本当に抗戦する気だな、本家は」

「そうだね。本家は全力でろくでもないことをするよ、ほんとに」

 浮田が疲れたような表情をした。


 あるところには爆発の術の罠。

「おっと、解除が必要だな。まともに食らったら肉片になる」

「そうだね。こっちにも発見したから、鶴巻はそっちを任せていい?」

「オーケー、分かった」

 術の罠にはある程度慣れている。実戦でも、敵までの距離が遠いときは解除したことがあるし、戦闘を前提としていない場所でも解除したことは何度もある。

「よし解除。あとは……おっと、術によらない罠だな、あれ」

 浮田が顔を上げる。

「ああ、あのトゲの鉄球が落ちてくる罠だね。あれは遠くから、そこのさりげなく張ってあるロープを切るといいよ」

「了解。紫電よ……いや、術は使わないほうがいいか」

「近くに術探知の機構はないみたいだけど、念のためなら工夫して切るのもいいかもね。鉄球の死角はそこかな」

「そうだな。ここで、……切る!」

 荒事と聞いて、あらかじめ用意していたサバイバルナイフでザクッと。

 刹那、結構な振動とともに、トゲ鉄球が地面に食い込む。

「うへあ、これはすごいな」

「まともに浴びたら致命的だね。山登りが続行できなくなるかもしれない」

 浮田は「ふーっ」と息をつく。

「なあ浮田。本家の里への道って、普段からこんなに罠盛りだくさんなのか?」

「僕はそんなに里の経験がないけど、明らかにこの諸々の罠は、造反のためにこしらえたものだね。普段もないことはないけど、こういう殺傷的な罠じゃなくて、人を迷わせて退き返させるようなものが中心だ」

「いまの防備では、入口に着くのも大変だろうな。浮田、本家の当主は確か、浮田ガンリュウ……眼龍と言ったか」

「そう。浮田眼龍。名前とは裏腹に、エイドス術師と結ぶとかいう目の曇ったことをした馬鹿のことだよ」

「浮田……」

「ヤツと同じ名字で呼ばれるのも本当は嫌だけどね」

「すまない、瞬一」

「いや、まあ、鶴巻からは『浮田』でいいけどね」

「ほんと暑苦しい友情だよね。はぁー、その十分の一でも、鶴巻くんの熱意を私に向けてくれたらいいのに」

 突然話の輪に入ってくる海野。

「おお海野、いきなりなんだ、というか……体力大丈夫か、俺たちそろそろ疲れてきたから、小休止したいんだけども」

 鶴巻と浮田が、安全で比較的きれいなところに座ると、海野はニヤニヤしだした。

「おや、おやおやぁ?」

「なんだよ」

「ウフフ、鶴巻くんは見た目によらず虚弱なようだねえ。ほへへ、普段散々女の子扱いするのに、自分はその女の子以下の体力で『本家を倒しに行くキリッ』とか言っちゃってるの面白いんですけどぉ、ほっへっへっへ」

「エェ、この山道は間違いなくきつかったはずだぞ。お前も罠解除に参加していたし、楽な要素はないと思ったが」

「僕もそう思った。海野さんがそんなにもピンピンしているのはすごいよ」

 言うと、今度は海野の機嫌が悪くなった。

「女の子を体力お化け扱いされるとムカつくんですけど!」

「だって実際そうだろ……むぐぐ」

 鶴巻の口を押さえつつ、浮田瞬一が代わりに答える。

「ああ、ごめんよ。ただあまりにも海野さんが凛々しく山登りを続けるものだから、鶴巻もついつい気になる子に意地悪を言っちゃいたくなったんだよ」

「おいふざけんな」

「だから、鶴巻の心の中の中学生を許してやって。ね?」

 浮田がなだめると、たちまち海野は満足顔。

「もぉしかたがないなぁ。私のことが好きだって、ちゃんと言えばいいのにね」

「勝手にしろ。山登りを続ける」

「大丈夫かい?」

「海野に煽られるよりは先に進んだほうがいい」

「そうか。僕もクールボーイ鶴巻が煽られたおかげで、元気が出たからね」

「お前までおふざけかよ……」

 三人は山登りを続行した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る