▼10・奇襲の好きな妖術師


▼10・奇襲の好きな妖術師


 現場はうち捨てられた神社だった。

「ここに夜も来るんだね……なんか雰囲気が怖いよ」

「そう思うのも、妖力の乱れが少しは関わっているかもしれない。まあそんなものがなくとも雰囲気はとびきりだけどな。……さて調整の時間だ」

 彼は錫杖――妖術器の一つを掲げると、目を閉じ、ゆっくりと動かす。

「ほへ……」

 まるで空をかき混ぜるように。風を練り込むように。

 ゆったりと、空気と一体化するかのように。

 しばらく夢うつつのような動きをしたあと、彼はふうと息をついた。

「これは応急処置だな。完治はトラスティーズとエイドス術師を倒して根幹から断たないといけない。やつらが元凶だ」

「あの、思ったんだけどさ」

 海野がおずおずと口を開く。

「私にもそういうやり方、教えてほしい」

「え、いくらサイキックでも妖力の調整は無理だと思うぞ。術の種類が違う。それぐらいは研究所の所長じゃない俺でも分かる」

「……うむむ」

 うなる海野。

「まあ戦力としては期待しているからな。荒事で頑張ってくれればそれでいい」

「でも……多分だけど、鶴巻くんもかなり強いでしょ。先日の戦いを見ればわかるよ」

「まあ、少なくとも弱いほうではないな。でも、安心して背中を預けられる人間ってのは、貴重なものだ」

 浮田は最近、忙しいみたいだしな、と頭をかく。

「とにかく、今日は夜までねぐらで待機だ。例によって空いている貸家を手配した。そこで索敵とか遠隔検査とかをする」

「分かった」

 二人は仮の拠点へと向かう。


 先に現場にたどり着いたのは、トラスティーズ。

「むむ?」

 検査機を神社のほうに向けた科学者が、首をひねる。

「第三時空の反応が消えている。事象否定もほどかれているようだな」

「エイドス術師か?」

「その線もあるが、妖術師が調整して打ち消したかもしれない」

 彼らが考え込んでいると。

「敵襲、エイドス術師が実験妨害に来たぞ!」

「アンチウィザード銃用意、階段を上ってくるぞ!」

「エイドスジャマー起動しろ!」

「このレベルのエイドス術師には……」

「完全には効かなくてもいい、起動するだけでも効果はある!」

 トラスティーズは戦闘の態勢を整え、迎え撃つ。


 トラスティーズとエイドス術師の戦いが始まった。

 今回、鶴巻と海野は近くの茂みに隠れていたのだが。

「ほへっ!」

 アンチウィザード銃の流れ弾が、危うく直撃するところだった。

 そして。

「伏兵がいたぞ!」

「妖術師だ!」

「こいつらも片づけるぞ!」

 続々と集まる殺気。

「まずいな、バレた、仕方がない、三つ巴の戦闘だ!」

「さて、思いっきり戦っちゃいますか!」

 渋々の鶴巻と、はつらつとした海野が飛び出した。


【紫電よ、奔れ!】

 電撃が無数に撃ち出される。

「それっ!」

 サイコキネシスが数人を容易く吹き飛ばす。

【風の刃のエイドスよ!】

 見えざる斬撃が乱れ飛ぶ。

「すぐ術に頼る幻想主義者め、食らえ!」

 アンチウィザード手榴弾が転がる。

「ちょ待て、味方に当てるな!」

「この攻撃はエイドス術師からだ、トラスティーズは火力を集中しろ!」

「駄目だ、TCM機器を誰かが持っている!」

【印地よ乱れ飛べ!】

 石が凄まじい速度で敵を打つ。

「駿河がやられた!」

「くそ、反撃だ【光の矢のエイドスよ!】」

「そっちは分身だ!」

「分身まで使うのか、勝てるのか?」

「やるしかねえだろ!」」


 乱戦の様相を呈していた。

 だが鶴巻は腕利きの妖術師、しかも乱戦には慣れている。

 激しい撃ち合いの末、最後に敷地に立っていたのは。

「ふーっ、勝ったぞ」

「鶴巻くん、やったね!」

 そこへ、のこのこやってきたのは。

「おや、戦いは終わっていたみたいだね」

「浮田」

 鶴巻はそこで気がついた。

「見ての通り戦いは終わった。まあ後始末があるけどな」

「協力するよ。戦いに乗り遅れたからね」

 言うと、二人は各陣営の戦闘不能者を吹き飛ばしつつ、ステルス操作盤を破壊、巧妙に隠されていたトラスティーズとエイドス術師の機器を、引き抜き、壊し始めた。


 数日後。エイドス術師とトラスティーズがまとめてやられた、という報せを聞いた別府は、数人の仲間とともにその現場を訪れていた。

 戦闘の痕跡は、鶴巻や浮田、ついでに海野がかき消し、あたかも何もなかったかのように整えていったようだ。

 しかし別府には分かる。

 わずかな、しかし甚大な戦いを連想させる、地面や朽ちた神社のエイドスの荒れっぷり。

 間違いなく、ここで大規模な戦闘が行われた。

 勝者たちが復元を施して、何もなかったかのように去っていったが、熟練の別府には隠しきれない気配が感じられる。

 ついでに、かすかな香り……あの鶴巻の巻き集めた妖力の残影も。

「荒れていますね、戦いで」

「そうだな」

 表向き、いたって平静な表情で彼女は答える。

 しかし彼女の頭の中を巡るのは。

 ――どうして、鶴巻と私は敵同士なのだろうか。互いに歩み寄って、親睦を深める手段はないのか。

 彼女は以前、鶴巻と交戦したことがある。

 鶴巻の技術は見事だった。

 一瞬だが高度な集中を必要とする、妖術の中でもハイレベルなものを、連続でバンバン撃ってくる。空間から妖力を吸収する力も、おそらくは業界トップクラス。

 彼の得意な妖術が、一般に習得すら難しいといわれている、電気系、雷撃系の術ということからも、彼の力量が分かる。

 そんな彼を目の前にして、彼女は人生で初めて、胸の高鳴りを感じたものだ。

「別府班長、いかがいたしましょうか。力の跡をもう少し分析しますか」

「ああ、そうしよう。とはいえ、鶴巻の力の解析はお前たちには難しいだろう。それは私がやる」

「承知しました」

 言うと、班員たちは散り散りに検査と調査を始める。

 本音?

 鶴巻の力の跡を独占したかったからだ。それ以外に理由はない。


 しかし、彼女はそこで、ある女の力の痕跡を感じた。

 深層まで読み取るに、その力の主はかなり鶴巻と親しいようだ。

 恋人なのだろうか。

 別府の胸中に、ざわざわと巻き起こる嵐。

 自分をおいて、女と仲睦まじくしているのか。

 もちろん、別府は鶴巻と恋人関係ではないし、なんならただの敵同士でしかない。実際に大胆で臆病なアプローチをかけている「その女」には、別府に何かを言われる筋合いはない。

 しかし。

 腹が立つ!

 戦場における彼の隣という、最高の特等席に、自分以外の女がいるというのが、彼女にはたまらなく許せなかった。

 鶴巻にせよ「その女」にせよ、下手をすれば顔すら認識できない別府の、その「想い」は、はた迷惑極まるものだろう。

 しかしそれでも、別府は心の底からこみ上げる何かを抑えきれなかった。

 鶴巻には、鶴巻くんには!

「班長、どうしました、エイドスが荒れていますよ!」

 言われて、はっと気づく。

「……い、いや何でもない。調査を続けろ」

「はあ」

 彼女は険しい表情をしながら、黒い感情を覚悟で、情報の読み取りを進めた。


 さらにそれを見ていた影があった。

 四ツ谷である。

 昨晩、個人的に持っていた計測器から、神社での激しい力の激突を示されたので、来てみればなにやら戦っている現場だった。

 その中にはあの鶴巻もいた。

 あの「ほへ」女もいた。

 そこへさらに得体の知れない、別府とか呼ばれている女――四ツ谷からみれば「ババア」がいま何かをしている。

 鶴巻は女にだらしない。私というものがいながら。

 もちろん、彼ら彼女らが何をしていたのかも謎であり、四ツ谷は科学者としては詳しく知りたいところである。

 しかし彼女は科学者であると同時に、十八歳の乙女。

 ここで何がなされたのか、というより、美人がワイワイと湧いてくる鶴巻はなぜ自重しないのか、自分という旧知の仲がいながらなぜ女を引っかけるのか。

 それが許せなかった。

 厳密には、それとともに、自分をほっといて鶴巻が怪しい業界に深入りしていくのも気に食わなかった。

 彼にはうさんくさくない世界で、自分の隣にいてほしかった。

 しかし彼女はそれを口に出すことを許さない。自分が自分に許さない。

 彼は、彼女から近づかれるのではなく、鶴巻から愛の言葉をささやかれるのでないと納得しない。

 難儀な性格だった。

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