▼09・ほへへちゃん
▼09・ほへへちゃん
食器と洗面用具。
だが。
「えっ、この世界のキラキラ女の子って、食器とか洗面用具とか、そんなものも可愛いのをそろえるの?」
「いや、まあ、そうなんじゃないか」
鶴巻は女子の社会をあまり知らないが、とりあえず店頭にそういうものが並んでいる以上、そういうものなんだろうと考える。
「……あ、分かった、SNSの映えってやつかな!」
どうやらこの短期間に、すっかり彼女はスマホを使いこなしているようだった。
しかし、それとこれは。
「あんまり関係ないと思う。俺は男だから断言できないが、女子の好きなものは可愛いものなんじゃないのか。まあ、今の世の中、それを強要することは誰にもできないけども……」
「食器も洗面用具も実用品だよ、実用性で選ぶべきじゃない?」
「うん、まあ、海野がそうしたければそうすればいいが」
これは間違いなく元の世界の世相が影響している。
可愛い道具を選ぶことすら許されなかったのだろう。
……などと考え込むと、海野はぺちぺち鶴巻を叩いた。
「もぉー、鶴巻くんだって道具は実用性で選ぶでしょ。この前の任務の器具だって、可愛いとは程遠いやつだったじゃん」
「あれは、そういうものだからなあ。まあとにかく、実用性ならこっちのコーナーかな」
彼は店の左半分を示す。
「おお、これはいい、ステンレスの洗いやすいコップじゃん、これは断熱性と硬さを兼ね備えたお皿だね!」
彼女は、無機質な機能性重視の品々に目を輝かせる。
「なあ海野。いまのお前は」
いまのお前は、可愛い道具を選んでもいいんだぞ。
言いかけて、彼はその言葉を呑み込む。
彼女がいいならいいではないか。
これからすべきことは、可愛い道具の良さを理解させることではない。
彼女が安心して暮らせる状況を作ることだ。
「……ほへ、どうしたの?」
海野が下から彼の顔をのぞき見ていた。
「いや、なんでもない。好きなのを選べ」
「ホヘヘ、抜群に使いやすい道具を選んでみせるゾイ!」
無駄に彼女が意気込んだ。
買い物を一通り終えた彼らは、フードコートで昼食をとる。
「お、コロッケ! コロッケじゃないか!」
彼女が見ていたのは、メニュー表の隅にあった、カニクリームコロッケ。
もしや、と鶴巻は思った。
「そっちの世界では、コロッケがまだ高級品だったのか?」
昔、コロッケは高級品というか、ご馳走であったという断片的な知識。
しかし彼女はケラケラ。
「そんなわけないじゃん、何年前の話なの、鶴巻くんのギャグは面白いなあ」
彼は一さじのイラつきと、大きな後悔を感じた。
歴史の分岐は一九八〇年ごろ。その頃にはすでにコロッケは庶民の食べ物になっていたはずである。
「単にお前の好物がコロッケだったってことか」
「ご名答。でもこれサイドメニューだね。メインがないと。えーと」
彼女はメニュー表に目を走らせる。
食事。
「ムグムグ。まあプログノーシスには負けるが、あっちは一流の店だからな。妖術師連盟からの補助で安く提供している」
「ハムッハフハフ、ガツガツ、ムグッムグッ」
「しかしよく食うな」
海野の健啖ぶりはいつ見ても見事なものだ。
おいしそうに物を食べる女子は嫌いじゃない。
そこまで考えて、鶴巻は額を押さえた。
そうじゃない。そうじゃないんだ。目の前のこいつはあの海野だぞ。
「他人のお金で食べるご飯は美味しいからね。ムグ」
「ひどい」
「あ、ちょっと間違えた。鶴巻くんはまもなく私に求婚するから、他人じゃなくて夫婦だね。えへ」
「何言ってんだ……」
先ほどから頭を抱えたり、額を押さえたり、そっち方面で忙しい鶴巻だった。
その後、せっかくなので併設の映画館で映画を見ようとしたが、満員だったのであきらめて帰ることにした。
帰りのバスの中。
「今日は楽しかったね」
夕陽が海野を照らす。昼間は人懐っこい愛嬌を感じたその容姿は、いまや橙の光を浴びて幻想のうちに浮かび上がる。
「そうだな」
鶴巻は半ば見とれるように。
「こういう日が続けばいいのにね」
「そうだな」
彼はただうなずく。
疲れもあるのかもしれない。差し込む夕陽が感傷に浸らせているのかもしれない。
だが、それでも、守りたい日常を彼は深く感じていた。
「ほへ……眠くなってきた」
うつらうつらする彼女に、彼は肩を貸した。
翌日。
「ふあぁ」
海野との共同生活に、鶴巻も徐々にではあるが慣れてきた。
具体的に言うと、朝から無防備に近い海野を見ても、平静でいられるほどに。
「あぁ、鶴巻くん、いま失礼なこと考えてたでしょ!」
「えっ」
失礼といえば失礼かもしれないが、これはごく普通の慣れだと鶴巻は思う。
「まず一つ、失礼なことは考えていない。もう一つ、もしテレパシーみたいな超能力を使ったのなら、仲間にそんなものを振りかざすのは感心しない」
「テレパシーじゃないもん、これはただの直感だもん!」
おそらく彼女は嘘をついていない。しかしサイキックの「直感」とは、たとえ超能力を使ったのではないとしても、一般人より数段鋭いのではないか。
ESP、超感覚とはそういうものだと、主にフィクションでは描かれることがある。
一人で納得し、鶴巻は頭を下げる。
「そうか。ごめん。俺が悪かった」
「分かったならよろしい。私だって大切な人にESPを使ったりなんてしないもん」
「そうか。……ところで」
彼は妖力を感じつつ言った。
「近辺で面倒なことになっているみたいだな。トラスティーズの科学実験と、エイドス術師のかく乱工作、両者の交戦で妖力の流れが乱れに乱れている」
「また小競り合い?」
「そうだな。だけど何重にも術が絡まり合って、ほどけにくくなっている。終いには一般人の肝試しで表社会に実害が及びかねない。小競り合いだけで済む問題じゃない」
彼は身支度を始める。
「行くの?」
「行こう。誰かからの依頼じゃないけども、放ってはおけない。本部には許可を取ったから、あとはトラスティーズやエイドス術師を叩きのめして、追い払ったら彼らを遠ざける妖術器を置くだけだ」
「妖術器……つまり妖術の器具?」
「まあそんなもんだ。……馬鹿どもをぶちのめすのは夜になるな。まあ昼は事前調査だ。行こう」
彼は外套をまとった。
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