▼08・ほへへな女の子とお出かけ
▼08・ほへへな女の子とお出かけ
数日が経った。
「鶴巻くん、おはよう」
「おはよう、海野」
彼は朝食を準備している最中にもかかわらず、朝のあいさつを返した。
彼が作っていたのはベーコンエッグ。朝食の定番である。
ジュウウと心地よい音が流れる。
「そういえば」
鶴巻は、海野がまだ鶴巻のジャージを普段着にしていることに気づいた。
「海野の服とか日用品とか、買いに行く暇がなかったな。今日は土曜日だし、ショッピングモールに行くか」
「ほへ、ショッピングモール?」
彼女が小首をかしげる。
きっと彼女の世界にはなかったのだろう。
「色んな店が入っている、そうだな、商店街のオシャレなバージョンだ」
「オシャレな商店街……うーん、イメージが湧かない」
腕を組んでウンウンうなる海野。
「まあ百聞は一見に如かず。バスで三十分だ。今日はそこでいろいろ買おう。ちょうど先日の活躍で報奨金が入ってきたし、その活躍のいくぶんかは海野のものだからな」
「ほへへ、鶴巻くんが褒めてくれるとか、槍でも降るのかな」
「そんなに妖術の嵐でも食らいたいのか?」
「ほへ! ……しかし鶴巻くんとお出かけかあ。いいねえ」
彼女はやけに上機嫌に答えた。
「お出かけって言うのか、買い物の中身は日用品とかなのに?」
「鶴巻くんの行くところは、きっとどこでも面白いに違いないよ。――鶴巻くんがもうすでに面白いからね」
「そうやってちょくちょく絡む……」
ともあれ、二人は外出の準備を始めた。
大型のショッピングモール「ヘノンモール」に着いた二人。
「えーと、服と下着と、食器、洗面用具、衛生用品、電機関連あたりか。以前コンビニで買ったものだけじゃ足りないしな」
彼は続ける。
「下着と衛生用品は俺がどうこうするのもまずいから、一人で選んでくれ。俺は店の外で待っている。それが終わったら他のも買おう。俺もちょうど買いたいものがあったから、お前の買い物が全部終わったら行く」
「あの……お金は」
「連盟から手当は出ているから心配するな」
彼は手を振る。
「もっとも、あまり高いものを買われると足が出るから、その辺は適宜な」
「了解!」
「ああ、それからもう一つ。はい」
彼はこの機会にと渡すものがあった。
「なにこれ……板?」
「スマホってやつだ。連盟がお前にとくれたものだ。電話もできる小さなパソコン……といえばいいのか」
「マウスはどこ?」
「ない。タッチパネルといって、画面を指でこすると色々操作できる」
言って、彼はいくつか操作してみせた。
「へえー、ほぉー」
「まあ使い方は後でまた教える。まず買い物をしよう」
海野は「ほへ」とうなずきつつ、スマホをいじり倒していた。
彼女は意外と早く、下着と衛生用具を買いそろえてきた。
「お待たせー」
「早いな」
彼が問うと、彼女は答える。
「そうかな。あっちの世界ではこのぐらいが普通なんだけど」
それを聞いて、彼は自分の想像力のなさを恥じた。
彼女の世界は戦火の時代。所用は素早く済ませるのが常識になっているのかもしれない。
「すまない。なあ海野、ここには戦車も爆撃機もいない。ここは妖術師の支配下だから、エイドス術師やトラスティーズはいないし、いたとしても、公衆の面前で仕掛けてくることはまずない」
「ほへ、そうだね」
「だから、もう少し買い物を楽しんでくれてもいいんだぞ。ここにはお前を脅かすものは、まあ、無いといっていい」
「ほへ……あ、鶴巻くん墓穴掘った!」
「は?」
「鶴巻くんは、一緒の買い物で私が楽しくなるって思ってるんだ、これはもう告白かな?」
「もう勝手にしろ。他のものも買いに行くぞ」
彼は呆れつつ促した。
服。
「いらっしゃいませ。ただいまカップルでご来店のお客様には割引券をお配りしております。いかがですか」
鶴巻だけが感じた一瞬の緊張。
海野とカップルであることにすれば、安く済む。
しかしこのウザい女とのカップル扱いを肯定したら、あとでいじり回される。
一瞬ためらうと。
「はいはーい、いただきます!」
海野が勝手にもらった。
「おい海野、あの、なんだ、その」
しかし店員の目の前で止めるわけにもいかず。
「私たちカップルなんです。どこからどう見てもカップル!」
「そうですね。お似合いのカップルだと思いますよ」
店員まで乗ってきた。
「ああ、もういいや、カップルで」
ついに鶴巻もあきらめた。
「さて何にしようかな」
海野はいかにも今風の服に目を通し始めた。
しかし服の買い物は割とすぐに終わった。
「海野、なにもそんな急がなくても」
「ほへ? 時間をかけたつもりだけど」
彼は「やはり世界の違いが骨にまで染みついて」と思ったが。
「それに私は結局、何を着ても可愛い美貌の天使ちゃんだから、時間をかけてもそんなに意味がないし」
しんみりして損をした、と心の中でつぶやく。
とはいえ確かに海野の容姿は優れている。何を着ても可愛いというのは、うぬぼれではないだろうとまで思わせる。
「あ、いま私に見とれたよね!」
「何言ってんだ……」
「しょうがないなあ鶴巻くん。でも人前でえっちいことは駄目だよ」
「頭が桃色すぎだろ」
彼は頭を抱えた。
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