▼07・アンチウィザード
▼07・アンチウィザード
アパートの空き部屋に情趣はない。寡黙な人間よりもなお無骨にさえ感じる。必要最小限の設備しかなく、家具などの物が入っていないからだ。
それは入居者がいない部屋としてはあまりに当たり前だが、それでももの寂しさは否応なく漂う。
……もっとも、そこへ観察用の小型の器具を入れて、現場の様子を絶えず探っているのが、我らが鶴巻であるが。
「冷たい部屋だね」
海野がつぶやくと、鶴巻は答える。
「気温的には普通だけどな。まあ、そういう意味じゃないんだろ?」
「うん。なんかこう、冷淡な人を前にしている感じ」
「そうか。明るい話でもするか?」
「別に気を使わなくていいよ。鶴巻くんが冷淡なわけじゃないから。それに」
彼女は頭をかく。
「私じゃあその観測器具を扱えないから、戦闘の役にしか立たなくて、むしろ私が申し訳ないよ」
言いつつ、少しバツの悪そうな顔をする。
「いや、充分だろう。出会ったときの、エイドス術師を一瞬で無力化したあれは覚えてるぞ」
「高密度ヒュプノだね。あれは相手が呆気にとられているところにいきなり叩き込んだから成功しただけで、普通の戦闘態勢だったら効いていないんだよ。実は」
「そうだったのか。でもそれを考慮しても強いんだろ、俺には身近な人の力量ぐらい、正確に把握できるからな」
言って、鶴巻はしまったと思った。
「へえ、鶴巻くんにとっては私が身近なんだ。ちょっとは心を開いてくれたんだね、エヘヘ」
「もういい」
「この調子で事に至っちゃうとか、もう、えっちなんだから、妄想はだめだよぉ」
「妄想はお前だからな」
アレなやり取りをしつつも、器具を見ていた鶴巻は察知した。
「これは……行くぞ、海野さん」
「来たの?」
「両勢力が向かいつつある。俺たちは、そうだな、しばらく近くで様子を見て、何が起きているか偵察する。戦いに入るかどうかは現場で考える」
言うと、彼は器具を隠して部屋の戸を開けた。
現場付近に駆け付けると、すでにエイドス術師とトラスティーズの戦いが始まっていた。
もっとも、トラスティーズは何か樽の形をした装置を守りながら戦っている。
「守れ、ここを死守しないと再現できない!」
言いつつ、減音器装備の小銃を連射する、トラスティーズと思しき男。
科学者と思われる人間が武器を持って戦う光景には、一般人なら驚くだろうが、鶴巻にとってはただの日常であった。
そして海野も、もうそういうものなのだと思っているのだろう、ほぼ動じていなかった。
なお、二人はある程度距離を取って隠れつつ観察していた。
「ここで出ていったら面倒すぎる」
「そうだね。で、結局はどうするの?」
「どちらかがボロボロで勝ったところで襲い掛かり、締め上げて事情を吐かせる」
「えぐいね……」
海野が引くレベルに完成された戦略。鶴巻はそう思うことにした。
「やっぱり、そういうのはやりたくないか」
「いや、別に。それが必要なことなのは分かっているつもりだよ」
そう話している間にも戦いは続く。
【光の矢のエイドスよ!】
「無駄だ!」
術師が鉱石を触媒として放った術の矢を、トラスティーズの戦闘員が盾で完全に防ぐ。
普通の盾でエイドス術をあれほどまでに防げるとは思わない。きっとスチールフォースの装甲と同じ技術で造ったものだろう。
「やっぱり技術の流用か……」
この調子で、最初はトラスティーズが優勢だった。しかしやはり削り合いになると、装備に依存している科学者勢が徐々に消耗してきた。
「盾がもうダメだ!」
「アンチウィザード銃も限界か……!」
やがてリーダーが声を掛ける。
「撤退だ、離脱するぞ! 繰り返す、撤退だ!」
攻撃で損傷した謎の装置を残し、科学者たちは負傷しつつも戦場から去っていった。
一方、鶴巻たちは。
「トラスティーズは撤退か。エイドス術師たちも、もうほとんど触媒が残っていないはず」
「油断もしているだろうね。勝って兜の緒を締めよ、を忘れているように見えるよ」
「言うとおりだ。死角から近づいて無力化する。高密度ヒュプノは使わないでほしい、尋問が出来なくなるからな」
「おっけー。万事鶴巻くんの言うとおりに」
もはや戦闘直後の、ろくに応戦もできない部隊を襲うことに、なんのためらいもなかった。
二人は残った連中を難なく無力化し、捕縛。樽のような装置と捕虜を回収するため、必要な応援を呼び、後片付け……特に研究所への各種輸送を済ませた。
最初から応援を呼べばよかった、と思うかもしれない。しかし、事を大掛かりにしすぎると色々まずいので、必要な範囲の行動や応援要請しか、現実的にはできなかった。
数日後、研究所にて。
「いやあ助かったよ鶴巻くん、海野さん。色々敵たちの動向が知れた」
「どういうことです?」
所長の言葉に、彼はいぶかる。
「一言でいうと、トラスティーズは実験をしていたんだよ。特に、術を防御したり無害化したりするようなものを中心にしつつ、進化した新型のスチールフォースを開発する目的のね。あの樽みたいな装置がその代表で、あれは妖術もエイドス術も弱体化しようとするものだよ。欲張りだね」
「術を……新型のスチールフォース……」
彼は黙った。
所長いわく。
最大の戦力であるスチールフォースを失ったトラスティーズは、どうやら同等以上のものを、また一から開発しようとしているようだ。
特に術への対抗技術を大きな命題にしている。樽のような装置はその過程で生まれたものらしい。もっとも、あの樽が実戦への投入に堪えるものになるのはまず無理で、できたとしても数十年後。その頃にはこちら側も対策しているだろう。
トラスティーズは樽のデータ収集、その他必要な実験をするためにあの林を選んだようだが、エイドス術師はそれを察知し、戦いに至ったそうだ。
所長はそこでいったんコーヒーを飲んだ。
「私たち妖術師側は、どうも三勢力の中では最後に気づいたようだね」
「最後ですか」
少し気落ちする鶴巻。
「まあいいさ。最初であれ最後であれ、各勢力の思惑が知れたのは大きな収穫だ。最後に勝つのは私たち。それでいいんだ」
「それもそうですね」
「……私が言うのもなんだが、鶴巻くん、海野さんの影響を受けていないか」
「えっ、私、そんなに馬鹿になりましたか?」
なお、海野は隣の席にいる。
「ひどいよ鶴巻くん。……あ、これもしかして新手のおふざけかな。だめだよ、所長の前でイチャイチャするなんて」
「いいから黙っていてくれ」
「いいカップルだ」
「所長もよしてください。しかし、そんな裏があったとは。術への対抗なんて、もし早期に完成したら恐ろしいことですよ」
「まあまあ。その対抗技術をさらに踏みつぶすのが私たちの仕事だからね。信頼してほしい」
これでも研究はそれなりに進んでいるんだ。こちらにも時間はあるしね。
そう言って、所長はコーヒーカップを置いた。
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