▼06・拝み屋は地味に頑張る
▼06・拝み屋は地味に頑張る
翌日、鶴巻はノートパソコンで何かをしていた。
「何してるの? えっちいサイト?」
「なぜそれが最初にくるんだ。まあ普通にネットしていただけだけども。自分で言うのもなんだが、事務仕事は速攻で片づけるタイプだし、表向きはフリーランス的な拝み屋だから、そういう時間もある」
言うと、海野はニヤニヤしながら返す。
「まるで鶴巻くん、えーと確か、そう、ニートみたいだね!」
「ひどい」
「こっちの世界ではニートっていうのが煽りになるってテレビでやってた!」
「それが煽りになってはいけないんだけどな。あまり深く語る気はないけど、生き方は人それぞれなんだよな」
家の宿命で、社会の裏の戦いに身を投じる鶴巻。ところどころ文明や比較的平和な地域が残っているような感触ではあるが、世界的な戦争を、明るくくじけずに生きてきたと思われる海野。
どこかに安穏な暮らしがあってもいいではないか、と彼は思う。
「まあいいや。海野の好きなものとかあるか、調べてやるよ」
「鶴巻くんの好きなのはえっちいサイトだよね、じゃあ私も見る!」
「話になんねえ」
「鶴巻くんの好きなものを共有したいんだよぉ」
「それだけ抜き取ると良い話だな。全然良くないが」
と、パソコンの通知がピコッと鳴った。
「お、来た」
「何が?」
「ヒントは仕事」
「戦闘? 私も精一杯協力するよ。鶴巻くんに守られているばかりの『お姫様』でいたくなんかない。実際、私がこの世界に来た日のエイドス術師程度なら、一瞬で無力化できるよ」
鶴巻の言い方も悪かったかもしれない。だが、これほどにも温和な女性が、仕事と聞いて、真っ先に戦闘の覚悟をとうとうと語るのには、少しばかり心にずしりとくるものがあった。
この点、もちろん妖術師にも若い女性はいる。しかし海野は、少なくともこの世界の争乱には、本来としては、参加する必要などなかったはず。成り行きでこうなってはしまったが。
それに何より、他の誰でもない、目の前の海野が戦闘にかくも積極的になる姿は、鶴巻にとってそれなりに衝撃的なものだった。
「ありがとうと言っていいのかどうか、俺には分からない。けどまあ、来たのは『拝み屋』としての仕事だ。たぶん戦闘の危険は、そんなにない」
「ほへ。そうなんだ。でも、役に立ちたいって気持ちは本当だからね。サイキックで何とかなるときは、頼ってほしい」
「……そうか。気持ちはうれしい。まあ、まずは中身を確認するか」
彼は仕事依頼のメールを開いた。
除霊的な何かの当日。
「間違っても変な態度はとるなよ。ハタチにも満たない、『拝み屋』とかいう怪しい職業の俺たちへの世間の目は厳しい。しっかり礼節を保って、好印象を与えなければならない」
戦闘でも妖力の制御でもない、最低限の素養。
「分かってるよ。さすがに変な態度はとらないから信じて」
聞いた鶴巻は、実は初めからその辺りは心配していなかった。研究所の所長や浮田相手には、この女性、ムカつくぐらい折り目正しい淑女の態度を調えていたからだ。
「まあ、サイキックの話さえしなければ、まずまずだな」
なお、二人は簡易で地味な僧衣に身を包んでいる。
本来、戦闘にも妖力制御にも、着ているものはほとんど関係なく、むしろ戦闘においては単に動きやすい服のほうが百倍有利である。
しかし、あくまで彼らは表向き「拝み屋」である。それっぽい服装でないと、むしろ疑われる。
妖術師は戦闘のみが仕事ではないことを、この服装は図らずも実証していたともいえよう。
「えへ。鶴巻くんはこういう服、好き?」
「好きも嫌いもない。着るべき場面で着るまでだろ」
「じゃあ質問を替えるね。鶴巻くんは私のこういう姿にキュンキュンする?」
「それ、本職の僧侶に失礼じゃないか?」
「質問に答えようね」
「答える必要を感じない。ほら、もうすぐだから行くぞ」
また依頼者の前で、この女は無駄に淑女ぶるんだろうな、と彼はふと思った。
その後、依頼者と会い、話を聞いた。海野はやはり必要以上に猫を被っていたが省略。
今回もいつものごとく除霊という名の妖力調節をすることになりそうだった。
ところが。話自体はよくある心霊怪奇現象の類だったが……。
「複数の人が激しく……他にも謎の発光……」
「どうしたの?」
海野が鶴巻の顔をのぞき込む。
「いや、これ、ただの妖力調節だけでは終わらない気がする、し、サクッといつものように終わらせられる気もするな」
「ほへ?」
海野が小首をかしげるが、鶴巻も同様に困惑している。
「どうも気にかかるんだ」
「私のことが?」
「心霊現象じゃなくて、エイドス術師やトラスティーズが何か動いているような、そうでないような。話を聞く限りだとな」
「人が出ると怪奇現象じゃなくなるの?」
「いや、必ずしもそうではないけども。体験談を聞くに、実際に戦闘やら策動やらがあっても、一応おかしくはない感じだな」
「へえー」
どうでもよさそうな声で海野が応じるが、しかし。
「いや待って。戦闘とか罠なら、私も応戦とか解除の心得はあるつもりだよ」
「むむ」
「何度も言うけど、私は守られるだけのお姫様なんかじゃない。できる限り力を合わせたいんだよ。遠慮とかじゃなくて私の意思で」
「そうか……じゃあお言葉に甘えて、いざというときには助けてくれ」
彼はうなずいた。
「ともあれ、現場で詳しく調べないといけないな。何かするにもまずは、そこから始めないと」
「おっけー。私も感覚系のサイキックで調べるよ。どの程度有効かは分からないけど」
「ありがとう。助かる」
鶴巻は、もともと決して臆病な性格ではないが、少しだけ勇気をもらえた気がした。
現場は林の中だった。
あらかじめ「時間が掛かるので」とし、依頼人に戻ってもらった後。
しばらく拝んでいた鶴巻は拝むのをやめ、妖力の把握に入る。
全身の毛が少しだけ粟立ち、徐々に妖力の流れ、濃度が肌で感じられるようになる。
「うーん……むむ……」
横で海野も何やら意識を集中し、目を閉じて何かをしている。
少なくとも、寝ているのでも、何かをしているフリをしているのでもなさそうだ。彼女の場合、性格が性格なだけにその可能性は一応ありうるが、様子をみるにそうではないと思える。
ただし、鶴巻はサイキックではないため、彼女が何をして、何をどう感知しているかは分からない。今度時間があれば聞いてみようか、などと思った。
そして彼は、探知を続けながら言う。
「なんか怪しいな。妖力の偏り方がおかしい。まるで力を排除する何かを使ったかのようだな」
続ける。
「あとエイドス術の痕跡も感じられるな。この硬い感じの不快感はまさに、な。海野さんはどうだ」
「うん、私はどっちも未知のものだからよく分からないけど……少なくとも空気が、というかエネルギーの感じが自然じゃないんだよね」
彼女は困惑しながら答えた。
「これは本当に、エイドス術師とトラスティーズの戦いがあった可能性があるな」
「やっぱり?」
「うん。んで俺の感覚が正しければ、トラスティーズが新しい、よく分からない何かを使っていて、その実験中にエイドス術師と戦いに入ったか、もしくは半ば新しい道具の実験としてエイドス術師を能動的に襲ったか、だろうな」
「結構大変じゃん」
「まさにそうだな」
彼は深くうなずく。
「この辺に感知の道具をいくつか仕掛けておいて、夜まで待つかな。新しい何かを詳しく探る必要がある。ここが実験場になっているなら、また来る可能性があるから、そうするのが最善だろう」
「近くに泊まる?」
「そうなるな。幸い、近くに妖術師連盟傘下の不動産屋のアパートがあるから、そこの空き部屋で待機だな」
もう何日も居候しているため、彼女も「二人きりでお泊りなんてえっちでイヤンイヤン」などとは言わなかった。
「戦いはいつも夜なんだね」
「決まりも制約もないけども、昼よりは目立ちにくい。さて依頼者に何と言うかな」
彼はちょうどいい方便を考えながら、依頼者に連絡する。
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