▼05・まずはご飯でも


▼05・まずはご飯でも


 アポが取れたので、彼らは堂々と会員制レストラン「プログノーシス」、もとい妖術師の拠点へ向かう。地下が妖術師専用のフロアになっているのだ。

 昼。繁華街。何も特殊な術を使わず人の間を突っ切る。

 しかしそれでも、トラスティーズやエイドス術師と出くわして戦闘に入ることはない。

「それが不思議なんだけど」

「いや、そういうもんだろ。奴らにしても、白昼堂々と大通りで戦うわけにはいかないからな」

 裏の戦いは裏で。

「まあ、それはそれとして、彼らが偵察や監視をしている可能性はゼロではないけども」

「私はどう見えているのかな」

「ただの女友達だろう」

 言って、鶴巻はしまったと気づく。

「もしかしてカノジョとか思われたり、エヘヘ、鶴巻くんはえっちだねぇーもぅ」

 面倒な話が始まった。

「なんでそうなるんだ。もうどうでもいいや。……いや良くないな。浮田の前ではクネクネするなよ。噂になったりしたら困る」

「秘密の逢い引きってやつだね」

「浮田は知っているのに、どうしてそうなるんだろうな……」

 夫婦漫才はやがて、ファミレスの前で止まった。

「さて、あいつは先に来ているはずだ」


 すぐに座席は見つかった。

 一見争いごとには向かなさそうな、ひょろっとした優男が、ミートドリアとミニピザとライスチーズコロッケを、一人で食べていた。

 優男なのに大食い。しかも炭水化物ばかり。よく目立っていた。

「よう浮田。いつもよくそんなに食うな」

「鶴巻、久しぶりだね。そちらのお嬢さんが、海野さんかな」

「お会いできて光栄です。海野と申します。よろしくお願いいたします」

 彼女は上品に一礼。完璧なまでのお嬢様ぶり……鶴巻にはそう見えた。

 が、浮田はそうでもなかったらしい。

「よろしく。……へえ、これはなんというか。鶴巻以外にはこうなのかい?」

「まあそうだな」

「きみにだけ素直な面を見せているんだろうね。うらやましい話だ」

 浮田には彼女の日常は見せても教えてもいないはず。所長もうかつにしゃべる人間ではない。密かに監視、偵察していた形跡もなく、むしろ味方同士でそれをやったら厳しく罰される。

 まさに洞察力のなせる業である。

「はて、私はどなたにも品位を崩しませんが……。鶴巻さんにもとてもよくしていただき、感謝しかありません」

 花の咲くようなスマイル。

「エェ……」

 もはや鶴巻ですら引くほどの上品ぶり。鼻にさえつく。

「じゃあもうそういうことでいいよ。鶴巻はお幸せに」

「おい」

「で、海野嬢はサイキックなんだっけ?」

「はい。私は、ええと」

 どこから話していいのか戸惑っているのだろう。

 しかし鶴巻は抜かりなかった。

「ああ、事情は大体分かっているよ。鶴巻からメールで聞いた、というか読んだからね」

「なるほど。鶴巻さんは有能なんですね。フフッ」

 絶妙にイラつくお嬢様である。

「まずなんか食べなよ。せっかくのレストランなんだしさ。僕からも少しおごるよ」

「そんな、男性の方におごっていただくなんて」

「遠慮は無しだよ。きっと鶴巻も同意してくれるだろうしさ」

「おい」

「ご厚意恐れ入ります。じゃあ私はこのプレートと唐揚げとミニ洋風ラーメンと、ええと」

「お前も大食いなのかよ。一応浮田には少しは遠慮してやれ」

 スイッチが入った海野を、鶴巻は呆れて見る。

「ところで、実は僕も鶴巻にいくつか相談したいことがあってね」

「お、なんだ」

 浮田はにわかに顔を引き締める。

「一つは相談というか報告だね」

 先日、トラスティーズとエイドス術師たちが交戦をしたようだ。

 そしてトラスティーズは、件の、彼らのもとから接収され研究所が保管している巨大ロボ――スチールフォースから派生したと思われる兵器を用いていたらしい。

「スチールフォースの派生……あれは量産型のロボだったのか?」

 先日、彼も実物を研究所で見た。手足と胴体があるから人型と言えなくもないが、その外形は一般に思うような人型ロボではない。どちらかというともっと戦車に近く、それに手足がついているイメージだ。

 例えて言うなら、密行アクションゲーム「メカニカル・パワー・ミッション」に出てくる、最後の敵が搭乗する兵器「バトル・ギア」に近い。

 しかし、スチールフォース量産を危惧する鶴巻に対し、浮田。

「いやあ、そういう意味じゃないよ。スチールフォースの技術を流用して、もっと取り回しのいい兵器を使っていたってことさ」

「なるほど。街中で巨大ロボを秘密裏に動かすには、いろいろ難しいだろうからな」

「その通り。あの巨大ロボをどう運用するつもりでトラスティーズが造ったかは知らないけど、社会の裏で使えるような、なんというか、小回りは利かないだろうね」

 浮田はミニピザの最後の一切れを食べた。

「さて、もう一つの話」

「お、なんだ」

「本家の話だね」

 唐突に出てきた本家という概念。

 とはいえ、一般的にいう本家と意味自体は変わらない。

 妖術師の各家庭では、子どもが一定年齢に達すると、体内にある妖術の原動機のような仕組みを活性化する儀式をし、妖術師にする。この原動機の有無は基本的には血筋によるため、妖術師連盟の構成では自然と家系が重要になる。

 なお、この儀式で妖術師になれない例外的な者は、妖術師連盟の事務員になったり、表で妖術師たちの資金を稼ぐ企業に入ったりする。

 ともあれ、この業界では家系がある程度の意味を持つため、本家、分家といった概念も、妖術師の質に本質的な差はないが、話に出てきがちとなる。

 もっとも両者、本質的な差はないが、歴史的に本家のほうが裕福、物持ち、その他のリソースも多いことがしばしばのため、家単位で訓練される妖術師も本家のほうが強い傾向がある。

「本家か……」

「鶴巻の家は本家とか分家がないんだよね。うらやましいなあ。僕のところは本家が散々威張り散らしていてさ。分家を人とも思っていない。本家の格とやらをとやかく口走るくせに、危険な場所に行くのはいつも分家筋。ありていに言って分家差別だよ。本家分家のしがらみのない鶴巻はうらやましい」

「単に、親戚とかが疎遠すぎてどこに本家、分家がいるのか、そもそもうちはどっちなのか分からないってだけだけども……」

「かなり珍しい例だよね」

「まあいい。話を聞こう」

「そうだね。……どうも本家が造反を企てているらしい」

 分家である浮田からの、思いもよらなかった相談内容。

「造反って、寝返りとかか、いや待て、トラスティーズやエイドス連合会が妖術師を受け入れるのか?」

「受け入れないだろうね、普通に考えて。ただ、どうも造反勢はそういう連中の言葉に乗せられているらしい」

「そんな……信じられないな、造反勢の頭の弱さが」

「まあそう言わずに。とはいえ、情報を絞り取りつつ検査……だけにとどまらず人体実験とかをして、用済みになったら命を絶ってどこかへ捨てるぐらいのことは、予想がつくね」

 食事中にむごい話をしている二人だが、幸いなことに、気づくものはいなかった。

 横の海野ですら食べるのに夢中であるようだ。

「彼らの末も気になるが、それ以上に組織として大問題だろう」

「その通り。いずれ連盟として動くだろうし、そのときには協力よろしく、って話だよ」

「聞くまでもない。いつも世話になっているからな。それに、連盟の命令が下ればどっちみち動かなければならない」

「いいね。すごくいいね。その代わり僕も、海野さんとの仲は応援するよ」

「いや、それはどうでもいい」

 横で海野は「やっぱり他人のお金でいただくご飯はおいしかったです」などとほざいていた。

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