▼04・居候決定よかったよかった
▼04・居候決定よかったよかった
見送ってから開口一番。
「あの人、敵じゃないの?」
「まあ、そう思うのも無理はないな。四ツ谷は科学者だ。業界では天才とか呼ばれているらしい」
「科学者……本当にそうだったんだ」
彼女は鶴巻と同い年。近くの名門大学に籍を置いているが、抜群に優れた科学者であり既に名声もあるため、放課後などは妖術サイドなどではない普通の研究所で働いている。
「トラスティーズなの?」
海野がもっともな疑問。
「いや、俺の認識が正しければ、違うはず。ただオカルトが嫌いな、科学性を信条にしている人間ではあるわな。サイキックだの妖術だの言い始めると面倒だから、やつの前でそういう話は控えるように」
「オッケー」
「心配だな……」
鶴巻はぼそりと漏らす。
「しかし、あんなライバルがいたなんて。せっかくだから車で送るよ、みたいな話にならなかったのは、私をライバル視していたからかもね」
「なんの話だ」
「女の子の話だよ、ウフフフ」
彼はこのイラつく人間を殴りたくなったが、何とか抑えた。
「しかしトラスティーズでもないのに科学者で、しかもめんどくさい人かあ」
「いや、トラスティーズではない科学者は、別に普通にいるだろ。むしろ大半の科学者はこの抗争を知らないはず」
「へえ」
「とはいえ、四ツ谷はオカルトを異常に嫌っている変わり者だから、扱いが厄介なことには違いないな」
鶴巻は自分の言葉にうなずく。
「なんか不安だなあ」
「お前が不安がることはないだろ」
「いや、あの人、なんかやらかしそうなというか、暴走しそうなというか」
海野は腕組みしつつ首をかしげる。
「何言ってんだ。ほら、もうすぐアパートだぞ」
いつものボロアパート。
結局、彼は所長に彼女の住居の話をするのを忘れていたが、今気づいても仕方のないことだった。たぶんどうにかしてくれるだろう。
その少し後。「拝み屋」の仕事も、本来の戦闘等の業務も入らず、家でのんびりしていたところ、検査結果が郵送で来た。
「海野さん、検査結果が来たぞ。二人で見るようにと書いてある」
「私の秘密を共有しちゃうんだね、イヤンイヤン」
どうでもよかったので中身を開く。
いわく。
海野の使う、サイキックとやらは、どうやら宇宙の外にある渾沌の力を源としているらしい。
宇宙に関する研究者、というか科学者も、宇宙の外については充分には解明できていない。だから本当に推測でしかないが、データを見る限り、宇宙の外には渾沌のような何かがあり、そこからパワーを引っ張ってきているとしかいえない。
妖力ともエイドスの力とも異なるものをリソースとするこの力。当然、エイドス連合会やトラスティーズから狙われることは必至である。したがって常に護衛を付けること――できれば同居が望ましいこと、および、本当に信頼できる人間以外にはこの情報を漏らさないことが求められる。
なお、渾沌から力を引き出してくる体内構造を除けば、彼女の身体は一般的な齢相応の女性と変わらない。特別な機能もないし、弱点もこの世界の人間と同様である。したがって彼女の身体に関しても、種々、一般的な女性と同様の配慮を必要とする。
これらの点を踏まえると、海野は、すでに彼女とある程度打ち解けており、手厚い紳士的な保護や妖術的な防御措置、そして優秀な戦力性が期待される鶴巻のアパートに、当面の間は継続して同居をすることが最善と考える。
この意見は上層部に稟議をし決裁を済ませているため、決定事項である。
彼は言った。
「えぇーマジかよ……」
一方、彼女は。
「デヘヘ、公認の居候……じゃなくて同棲だねデヘヘ」
「違う。居候であり同居に過ぎない」
どうしてこうなったのか。
「いや待て。体内の検査、調べすぎでは……なあ海野さん、本当に行き過ぎた検査とか、嫌な調べ方とか、されなかったのか?」
「ほへ? いや全然」
彼女の返答からは、ごまかしの色は感じられなかった。
「もう鶴巻くん、変な妄想しちゃダメだよ。えっちいよぅ」
「そうか。そうだな。すまなかった。海野さんが嫌な思いをしていないならよかった」
鶴巻は顔色一つ変えずに、正直な言葉を述べた。
「お、おお……素直だけどこういう反応は、その、なんかアレだよ……」
あからさまに照れる海野を尻目に、彼は考える。
「そうだ、とりあえず浮田には情報共有しておこう。あいつもこの区域の担当だしな」
「浮田……って人も妖術師なの?」
「ああ。浮田瞬一。腕が立つし信頼もできる妖術師だ。それに、情報共有しないと、逆に何かと困るだろうしな。同じ地区だから余計に」
「なるほど。私たちの仲を公認してもら」
途中で馬鹿話をさえぎる。
「海野さんも、もし俺が戦えない状況のときは、浮田に頼るといい」
「……やだ。鶴巻くんと一緒に戦いたい」
「わがまま言わない。それにどうせ、この時期は拝み屋の仕事も少ないし、散歩がてらだな、散歩」
言うと、鶴巻はメッセアプリを開いた。
その日の夜。
数人のエイドス術師が、兵器を用いた科学者たちを、裏通りで撃破した。
「これは……」
エイドス側のリーダー、別府がこぼす。
この兵器、先日に妖術師たちが接収したといわれている巨大兵器に似ている。
確か、名前はスチールフォースといったか。
「別府さん」
言われて、彼女は我に返る。
「どうしたの」
「この兵器、スチールフォースの技術を一部流用しているように見えます」
「……やはりそうなのね」
似ているというのは、外観や漏れ聞く限りのスペックのことではない。
術師を葬り去るための装備。そういったものを支える科学技術の方向性が、スチールフォースと否が応にも重なるのだ。
例えばこの装甲。エイドス術に対し、高い防御力を発揮していた。おそらく妖術も本来の力を発揮できないだろう。断片的な話の限りでは、本物の固さには及ばないが、しかし苦戦を強いられたには違いない。
ふと、彼女は思う。
いつも戦っている妖術師の鶴巻なら、もっと上手い戦い方をしたのではないか、と。
彼はかなり腕が立つ。頭も悪くない。スチールフォースやその派生装備のようなものに対抗するとしたら、彼のような人間だろう。
二十三歳の彼女の心の中、ほぼ無意識の域には、弱冠十八歳の妖術師の精鋭が、ある種の憧憬や慕わしさとともにあるのであった。
「みんな大丈夫?」
「なんとか。手強い兵器でした。これを相手に指揮してくださった班長には、諸々感謝しかありません」
調査班には連絡したので、あとは到着を待つのみ。
気を緩めた彼女は一瞬だけ、敵であるはずの鶴巻の勇姿を思い描いた。
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