▼03・三面紛争と若き科学者


▼03・三面紛争と若き科学者


 今この世界では、社会の裏で「妖術師」、「エイドス術師」、および一部の科学者……「トラスティーズ」が三つ巴となり、お互いに戦っている。鶴巻や、彼らが今いる研究所は妖術師の勢力である。

 魔法というか、術を使うのは妖術師とエイドス術師であるが、原理が全く違う。これは後に詳しく話す。

 トラスティーズは科学者なので術は使わないが、その科学力には、妖術師もエイドス勢も長きにわたって苦戦している。

 三者が対立する理由は、はるか昔、幕末の混乱にある。

 全国の動乱に乗じて三人の各陣営の指導者が、裏社会の覇権を争い始めたのだ。

 憎しみがさらなる憎しみを呼び、現在はもはや「死んでいった者たちのために」戦っているに近い。当初の裏社会の覇権どうこうは、もはや、ほとんどがろくに意識していない。

 なお、動乱の始まりの三人は政治的な野心を持たなかったため、争いは表舞台に出なかった。そのポリシーはその後、三勢力でそれぞれ教条化、慣習化し、今まで続いている。

 また、余談だが、仮に表社会への野望を始まりの三人が抱いていた場合、幕末の戦災が更に激化し、結果的に日本そのものが滅んでいた恐れがある。

 そこまで始まりの三人は見越していたのか……今となっては分からない。

 ちなみにサイキック――現時点では海野一人しかいないが、彼女は科学サイドたるトラスティーズには、入ろうと思っても、捕まって苛酷な扱いを受けるか殺されると思われる。現在の科学で説明できない上に、もともとこの世界にはいなかったからである。この世界では、サイキックはきっと科学扱いされない。


 ここからは術の原理の話に入る。とはいっても、術は感覚に依存するところが大きく、理屈で説明できる部分はそんなに大きくはないが。

 妖術は、空気中の妖力、または自分自身の魂の力を使って、科学を超えた現象を実現する。空気中には至る所に妖力が漂っており、主にこれを使うこととなる。特殊な状況や場所でなければ、割とどこにでも妖力はある。

 なお、妖力の流れやその場での均衡などが乱れると、人間の心理に影響し、心霊現象を見たと「錯覚」するようになる。そのため、鶴巻をはじめとする妖術師は、表向き「拝み屋」などとして、除霊するという体裁でその調整をしている。

 また、魂の力は強力だが生命に直結するため、よほどの時以外は使うべきでない。最悪、術師が死ぬこととなる。

 一方、エイドス術とは、主に物の力を引き出す術である。媒体となって消費される物品が必要となるが、モノなら何でもいいわけではない。主にエイドス術師が使っているのは、鉱石である。きっとその媒体が適しているのだろう。


 所長はコーヒーをすすった。

「ざっとこんなものかな」

 海野は首をかしげる。

「えっ、エイドスについてはそれだけですか?」

「そうだけども?」

「むむ……まあ敵の側だから、表向きの生業とか、そういうオプションみたいなことをよく知らないのも、仕方がないかもしれないですけども……あとトラスティーズは?」

「彼らは表向きも内実も『科学者』だからね。戦いに関与しているというだけで。あ、直接前線に出てくる血の気の多い科学者も結構いるよ」

「えぇ! サイキック……でなくて術師相手にそれは無謀じゃないですか?」

「それを互角以上にするのが科学ってやつだよ。先日もトラスティーズ側の兵器を接収したしね。あれは本当にヤバい。術師を殺すのに特化しつつ、大砲やミサイル部隊、戦車まで余裕で蹴散らせるんだもんな。しかもパイロットが搭乗するタイプのロボットときた。あとで見せるよ」

 所長はコーヒーを飲み干した。

「さて、最小限の検査をしよう。部屋に案内するよ。もちろん検査に従事するのは女性の研究者だけで、私も立ち入りはしないぞ」

「はい。分かりました。鶴巻くんは私があんな検査やこんな検査をされる姿を想像していてね、思春期だからしかたがないよね全く!」

「いいから早く行ってくれ。……なんかあったら呼べば駆けつける」

「それを口実にして私にあれこれ」

「早よ行け」

 鶴巻は手を振った。


 検査の結果が出るには数日待たなければならないので、とりあえず鶴巻と海野は研究所を後にした。

 帰りの電車の中。

「検査は大丈夫だったか?」

「鶴巻くん、いくら興味あるからって電車の中で妄想す」

「そうか、大丈夫だったんだな。よかった」

 海野の妄想を制して彼は言った。

 彼女、本当にすぐに妄想に入る女である。気をつけなければならない。

 だが、彼には正反対の懸念もあった。


 検査の後、鶴巻は帰る直前に、所長から少しだけ話を聞いた。

「あの海野さんのことだけども」

「どうしました」

「彼女、やたら明るいけども、……生きづらさとか不便さとか、そういったものはできるだけ排除してほしい。せめて居候の間だけでも」

「無理して能天気っぽくしているということですか?」

「いや、あれは素だ。苛酷な環境でも、全員が苛酷な性格に育つわけではない、はず。よくは知らないが、人の性格ってのはたぶんそういうものだ。経験則でしかないけどね」

 所長は腕組みをする。

「でも、素顔か仮面かにかかわらず、あの子の内心はきっと大変に不安だ。歴史も文明も違う世界に、たった一人で送られてきたんだから。……どこかに後続とかの仲間がいるのかもしれないけど、私たちの情報網ではまだ見つかってないしな。だから、たとえ彼女が明るく振る舞っていても、なるべく優しく接してほしい。お客扱いとかそういう意味でもなく」

 言われた鶴巻は。

「当然です。私も海野さんには充分配慮するつもりです。間違っても粗末な扱いはしません」

 つまみ出すとかなんとか、半ば冗談でつい言ってしまいがちだが、それも今後はなるべく慎んだ方がいいのだろう。絶妙にイラっとすることはあっても。

「ぜひそうしてくれると助かる。おっさんからの忠告は以上だ。仲良くしろよ」

「はあ。できる限りご忠告は守ります」

 彼はうなずきつつ、遠くで海野が手を振り「はやくー!」と言っているのを聞いた。


 その帰り道、二人は大きな橋を渡っていた。

 すっかり空は黒く塗りつぶされ、街灯は点々としてほのかに道を照らす。

 そこへ横切る黒塗りの高級車。

「うん? あれは」

 鶴巻が気付くのと、黒塗りの車が路肩に止まるのとはほぼ同時だった。

 中から顔をのぞかせたのは。

「鶴巻、あんたこんな時間に女子を連れ回して、フケツ!」

「ああ、めんどくせえ」

 鶴巻の幼馴染、四ツ谷だった。

「で、そこの女子は誰よ」

「いやあ、ちょっと知り合いの妹だ。特に何でもない」

 そこで事態を静観していた海野。

「こんばんは。海野と申します。不肖のサイキッ」

「うおおい!」

 唐突な雄たけびがこだまする。

「えっなに、サイキ……」

「いや、その、佐伯の家が関わっているってことだ」

「ふーん」

 四ツ谷は彼女をジロジロ見る。

「私は四ツ谷。鶴巻とは『古い付き合い』で、幼馴染。鶴巻のことで知らないことなんか何もないぐらいよ。何かあったら私に聞いてちょうだい」

 しかし、鶴巻は彼女の死角となる位置から、見えないように指でバツを作る。

 海野にも伝わったようで、彼女はいつもの口調ながらも、わずかに警戒の色を見せる。

「よろしくお願いします、四ツ谷さん」

「あとこいつ、鶴巻は、妖術だのなんだの、オカルトにズブズブだから気を付けなさいよ。拝み屋なんてやっているし」

「はあ」

「やっぱりそれを正すのは『科学者』である私じゃないとね!」

 それを聞いた瞬間、海野はにわかに顔色を転じさせる。

 だが、それも鶴巻に制された。

「とりあえず待て」

 小声でボソッと言い、会話を続ける。

「俺が何をしようと俺の勝手だが、とりあえず忠告はありがたく頂くよ。道、急いでいるんじゃないか」

「そうね。私もこんなところで油売っているわけにもいかない。じゃ、せいぜい変なオカルトはやめなさいよ」

「はいはい」

 言うと、彼女とその車は去っていった。

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