27話(番外編) 黒歴史を勇気に

☆折原 ミソギside


 これは、海への誘いの電話があった日から数えて、数日前の話である。

 ミソギはノナに言われた、とある言葉を思い出していた。


『生きていれば後悔することなんて山のようにあるんだ! 後悔しない生き方なんて無理ってもんよ! 後悔しまくるのは確定な人生なんだ! だったら、自分の好きなことをして思う存分後悔しようぜ!』


 ノナの言ったこの言葉、多分何かのアニメか漫画のセリフを引用したものだと思う。

 昔のノナは、たまにそういったことを言っていたな、と思い出す。昔のミソギもそうであったが。


 ともかく、この発言が例え漫画か何かのセリフであっだとしてもだ。

 あの時、ノナに言われた時、ミソギの中で何かが弾けたのは事実だ。


 モヤモヤしていた何かが、言語化されたと言うべきであろうか。


 ミソギは大人になれば、決められた人生を歩むものだと思っていた。

 働いて、彼氏を作って結婚をする。


 絶対に、そうしなくてはならないと思っていた。

 勿論お金は生活に必要なので、どのような形態かは問わず働かなくてはならないだろう。


 ただ、やりたくないことに関しては、自分の限界を超えてまで頑張る必要はないのだ。

 好きなことに関しては限界を超えるのもいいだろうが、別に仕事に対してはそこまでしなくてもいいような気がしてきた。


 一般的に考えると、社会人失格な考え方ではあるが、表に出さなければ問題はないだろう。


 彼氏に関しては、“やっぱり”恋愛感情がないのだから仕方ないだろう。

 “やっぱり”というのは、彼氏が欲しいと、つい最近まで思い込んでいたからだ。


 そう思い込んだきっかけは、社会人になってから言われた言葉である。


『それは嘘です! すっぱい葡萄じゃないですか! 強がっているだけって認めないと、次に進めませんよ! まずは、自分は“モテない”、“恋人が欲しくても作れなかった”そして、それらを自覚するのが怖かったということを認めることが大切です! 私も昔は強がってたので、その気持ちはよく分かりますけど、認めないと後々辛つらいですよ! 折原さん、例えばですが、1億円欲しいですよね? 誰だって欲しいんです! 恋人だってそれと同じです! 本当は心のどこかで、恋人を欲しているハズなんです!』


 彼氏がいないか聞かれた時に、「す、すみません……と、特には考えたことがないですね……」と正直に言ったら、会社の同僚に言われた言葉だ。


 ちなみに、“すっぱい葡萄”とは簡単に言うと以下の通りの意味である。

「欲しいけど手に入らないものに対して、どうせ悪いものだから必要ないと、強がること」だ。


 ミソギはこれを言われた時、「同僚の言う通り、自分で自分に嘘をついているのではないのか?」と、深く悩んでしまった。

 今思えば、冤罪で逮捕された人が自白を迫られるような状況である。


 周囲の意見を取り入れ過ぎて、自分に嘘をつくのは、今度からやめようと思った。

 表面的には嘘をついても、心の中では流されない強さを持っておこう。



「転職しようかな」


 “やりたいこと”……例えばダンジョン探索をするにしてもだ。

 今の仕事内容では、時間と体力的に、それはできない。


 そして、同じく転職もやる気力がない。

 となれば、まずは今の仕事を辞めようと思う。


 親には心配され、反対もされるだろう。

 会社にも、何を言われるか分からない。


 しかし、今のミソギにはこれがある。


「リングよ! 私に勇気を!」


 前に実家から持って来た指輪だ。

 中学時代にガチャガチャで手に入れたおもちゃだが、今のミソギにとってはお守りだ。


 ずっとしまっていたが、最近はポケットに入れて持ち運んでいる。

 これを持っていると、不思議と勇気が湧いてくるような気がするからだ。勿論そういった効果はおもちゃの指輪にある訳がなく、ただの思い込みだろうが、それでも問題ない。



 それから数日後、会社に退職の意思を伝えた所、退職が決まった。

 最初は反対され、「辞めて、どうするの? 他じゃ雇って貰えないよ?」と言われたが、指輪の効果で恐怖心を緩和して、なんとか退職の意思を伝え続けた。


 結果、退職に成功した。


「思い込みって凄いね」


 次は親への連絡だ。

 別に連絡しなくても良いだろうが、後でバレた際に面倒だ。


 何言われるか分からないので怖いが、指輪のおかげでその辺りの恐怖心は緩和できるので、問題ない。


「もしもし」


 いつも気弱なミソギだが、中二病だった時のようにクールに振舞うことにした。

 なんだか、強くなれる気がしたからだ。


 ミソギは電話に出た母親に、退職したということを伝えた。

 結果、呼び出しを食らい、実家へ向かうことになった。


 場所的にはそこまで遠くないので、そこは問題ないが、直接会うのは正直怖い。

 怒鳴られるかもしれないし、殴られるかもしれない。


 しかし、指輪があるのでそこは気楽に行こう。



「なんで辞めたの?」

「色々とやりたいことがあるからね」


 実家にて、母親の前に立つミソギ。

 母親は真剣な表情だ。内心は怒りを感じているのだろうか?


「転職先決まってるの?」

「まだだよ。でも、お金は貯まっているから大丈夫だよ」

「はぁ……。なんでそんなになっちゃったのかねぇ……」


 母親は大きくため息をついた。

 結構心に来るが、指輪のおかげで冷静さを保てている。


「精神を病んで、そこから肉体や精神の病気になることを考えたら、最悪バイトの方がまだマシだし、いい選択だとは思ってるよ」

「そんなんで将来どうするの?」

「将来の為に辞めたんだよ。それに、久しぶりに親友と会って思ったんだ。人生なんて生きてるか死んでるかの2つの状態しか存在してなくて、他は考え方次第でどうとでもなるんじゃないかってね」


 ノナがどうしてあそこまで性格が変わった……というよりも、昔のようになったのかは分からない。

 ただこれだけは言える。凄い楽しそうだった。


「それって、要するに思い込みでしょ? 現実見てる?」

「うん」


 例えば寝ている時に見る夢だって究極を言えば、一種の思い込みだ。

 夢の中での不思議体験も、脳の思い込みによってその時限定とはいえ、現実だと錯覚している。


 それを考えると、きっと現実も同じようなものだろう。


「はぁ……私はミソギが心配だから言ってるのよ? 後、結婚の件は進んでるの? 最悪どっちかは進めなさいよね。後悔するから。もう来年30なのよ? せめて彼氏は作りなさい、いいわね?」

「その必要はないよ。私は孤高だからね」

「こ、孤高!?」

「うん。空を見てごらんよ。自由に雲が浮いてるでしょ? それと同じさ」


 果たして、こんなことを言う満29歳が他にいるだろうか?


「何その口のき方、ふざけてるの?」

「ふざけてないよ」

「話をまとめるとつまり、ミソギは仕事で一流になる訳でもなく、結婚もしないと?」

「そうなるね」


 こうして、呆れられて話は終わった。



「お盆は帰って来なくていいからね!」


 不機嫌な母親にミソギは怒鳴られたが、恐怖心を指輪の力で緩和し、聞く。


「帰って来なく“ても”いい? 帰って“来るな”じゃなくて? それは帰って来ても、帰って来なくてもどっちでもいいってことかな?」

「帰って来るなってことだァッッ!!」

「そう来なくっちゃね」


 無事に母親との会話を終了し、ミソギは実家をあとにするのであった。



 数日後。


 今日はノナと、その友達のエムと一緒に海へ行ってきた。

 ノナの友達のエムは明るい子で、あった。


 もしかすると最近ノナが明るくなったのはその子の影響なのでは? とも考えたが、違ったようだ。


 では、一体なぜ?

 謎は深まるばかりである。


「そういえば……」


 最近思い出の指輪を持ち歩くようになったが、昔その指輪の持ち主のキャラクターに完全になりきっていたことがあった。

 ホウキを両手に持って、ノナを追いかけたりなどもした。


 そのごっこ遊びのような何かをしている時に、1回だけノナが倒れたことを思い出す。

 ホウキで叩いたりなどはしていないが、なぜか突然校庭で倒れたのだ。


 原因は不明だが保険の先生は、貧血だと言っていた記憶がある。


「ノナの目が覚めるまで、保健室にいたんだった」


 1回目に目が覚めた時、意識が朦朧としていたのだろうか?

 ノナは不思議なことを口走っていた。


 あの時はてっきり、意識が朦朧として、夢と現実の区別がつかなかったのかと思っていたが……。


『ノナ!? 気が付いて良かった! 急に倒れたからびっくりしたんだよ!』


 心配だったミソギはノナにそう言ったのだが、彼女は何か気掛かりそうな表情で答えたのを覚えている。


『夢を見てた』

『夢?』

『うん。凄く先の……私達の夢』


 その後、またすぐに眠って、次に起きた時にはそのことを覚えていないと言っていた。


「もしかして……ノナはあの時夢を見てたんじゃなくて、本当に……」


 確信には至っていないが、可能性はある。

 いきなり聞いたら確実に変な人だと思われてしまうので、タイミングを見計らって、それとなく聞いてみるとしようか。

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