11話 強さインフレならぬ、情報インフレ

 レッドオーガがいた所から、青白いキューブが出現した。


「どうぞ、お嬢様!」


 ノナはエムに、執事がやるように手を前にしてお辞儀をした。


「私はいいよ! レッドオーガなら何回か倒してるし! あ、ただ! ドロップアイテムの写真だけ取らせて!」

「写真? いいよ!」


 写真を撮ってどうするというのだろうか?

 待ち受け画面にでも設定するつもりなのだろうか。


 ノナはキューブに触れると、地面にキューブよりも大きな物が置かれた。

 ドロップアイテムの【レッドオーガの角】である。


 実際にそれに触れると、そのアイテムの名前が脳内に流れて来たので、レッドオーガの角で間違いないだろう。


「『友達とレッドオーガ倒しました!』っと!」


 エムはそれをダンスマで撮影すると、ダンスマを操作する。


「何してるの?」

「ツイックスにあげたんだけど……ごめん! もしかして、駄目だった? レッドオーガの角だけしか映してないからいいかなって思ったんだけど……」

「ツイックスって、なんだっけ?」


 本当は知らないが、怪しまれる可能性があるので、あくまで忘れたフリをする。

 これで怪しまれないハズ……とノナは思ったのだが、エムは目を丸くする。


「えっと? エムは使ったことないの?」

「あー、うん」

「え、あの、探索者としては使わなくても、他の活動で使ったりはしないの?」


 ツイックスとは、日常的に皆やっているものなのだろうか?

 この時代の私もやっていたかもしれないが、どうやらスマホではやっていないらしく、そのアプリは入っていなかった。


 ノートパソコンではやっていたかもしれないが、実は重かったので、この前初期化した。中のファイルなど、全て消滅したので不明である。

 この時代のノナに申し訳が無いが、後悔してももう遅い。


「やってないかなぁ。そういうの難しそうだし」

「そんなに難しいかな?」

「どうだろう?」


 おそらく、写真を載せたということは、掲示板のようなものなのだろう。

 だが、この時代のことはまだ詳しくないので、あまり首を突っ込むべきではないのかもしれない。


「ま、写真は自由にあげちゃっていいよ!」

「う、うん! ありがとう」

「でも、エムも結構オタクなんだね! なんか嬉しいよ!」

「オタク……?」

「インターネットやって、ネットの人と交流してるんでしょ? ということは、何かしらアニメとか好きなんでしょ?」

「アニメは好きだけど……ネットの人と交流って皆やっているような? あ、でもノナは今年29歳だっけ。ノナが私くらいの頃は、そんな感じだったのかな? 先生がそんなこと言ってた気がする」

「ば、馬鹿な!? まさかオタクの特権が奪われた!?」

「特権って……?」

「ちょっとちょっとー! これじゃネットの知識で、無双できないじゃーん! 折角ネットの知識をクラスの皆に自慢してたのにー!」

「の、ノナ?」


 ヤサイ惑星の王子ではないが、「まるでオタクのバーゲンセールだな」と言いたくなる。

 いや、エムの言い方だとオタク以外も多くの人がやっていそうなので、その例えは違うか?


 ともかく、ノナ自身や一部のオタクのみがスーパーヤサイ人だったハズが、この時代では多くの人がスーパーヤサイ人化しているようだ。

 戦闘力=情報量と見た場合、そのくらいの強さインフレが起きている可能性は高い。


 もしそうだとしたら、中々に恐ろしい時代である。


「だ、大丈夫?」

「はっ! しまった! ごめん! つい、いつもの癖で! あははは!」


 危ない。もう少しで不信感を持たれてしまう所だった。


「ま、ともかく! 写真家として存分に楽しんでくれたまえ!」

「ありがとう! それにしてもこの写真、推しに届くといいなぁ……」


 エムはダンスマを見て、優しそうに笑った。


「オシ? あっ! あれでしょ! アイドルを推すって奴! クラスの男子が言ってたなぁ!」

「私の場合は、アイドルじゃないけどね」

「違うの?」

「うん。TUBEで活動してた人だよ。けど、ある日突然チャンネルが消えちゃってね……」


 エムの表情は暗い。

 ノナは「しまった」と思い、謝罪をする。


「ごめん」

「いやいやいいんだよ! 私が話したかっただけだし、それにこうやってネットで活動していれば、向こうが見つけてくれるかもしれないしね!」






後藤ゴトウ 絵夢エムside


「『友達とレッドオーガ倒しました!』っと!」

「何してるの?」


 レッドオーガを倒したので、エムはツイックスを開き、その証拠としてレッドオーガの角の写真をアップロードした。

 ノナは何やら首を傾げて、エムを見ている。もしかして、写真を撮ってはいいとは言ったが、ネットには載せて欲しくなかったのだろうか? だったら、悪いことをした。


「ツイックスにあげたんだけど……ごめん! もしかして、駄目だった? レッドオーガの角だけしか映してないからいいかなって思ったんだけど……」

「ツイックスって、なんだっけ?」


 ツイックスと言えば、世界的に有名なSNSだ。

 やっていないというのは、あり得るかもしれないが、知らないのは珍しい。


 それに、ノナはVTuberのハズ。

 確かにツイックスをやらないVTuberもいるかもしれないが、知らないのは本当に珍しい。リスナーに何も言われないのだろうか?


「えっと? エムは使ったことないの?」

「あー、うん」

「え、あの、探索者としては使わなくても、他の活動で使ったりはしないの?」


 やらないVTuberもいるかもしれないが、ほとんどのVTuberはツイックスをやっている。

 それなのにやっていないということは、それだけVTuberとしての自信があるということなのだろうか?


「やってないかなぁ。そういうの難しそうだし」

「そんなに難しいかな?」

「どうだろう?」


 ツイックスをやらずに集客をする方が難しいだろう。

 そもそも、ノナはどこで活動しているVTuberなのだろうか?


 この前TUBEで配信ができることを知らないと言っていたが、あれが嘘でないとすれば、ニコ生のみで活動しているVTuberなのだろうか。


「ま、写真は自由にあげちゃっていいよ!」

「う、うん! ありがとう」

「でも、エムも結構オタクなんだね! なんか嬉しいよ!」

「オタク……?」


 確かに、アニメを見るのでオタクではあるが、今の会話からなぜ?

 もしや、戦闘前にエムがアニメのネタを披露したからだろうか?


「インターネットやって、ネットの人と交流してるんでしょ? ということは、何かしらアニメとか好きなんでしょ?」

「アニメは好きだけど……ネットの人と交流って皆やっているような? あ、でもノナは今年29歳だっけ。ノナが私くらいの頃は、そんな感じだったのかな? 先生がそんなこと言ってた気がする」


 VTuber時のノナは、中学生のキャラを演じている可能性が高い。なので、VTuberとしての癖が普段から出ていると思っていたのだが、どこまでがキャラなのか、もはや分からない。

 もしや、VTuberを極めて第2の人格が誕生したのだろうか?


「ば、馬鹿な!? まさかオタクの特権が奪われた!?」

「特権って……?」

「ちょっとちょっとー! これじゃネットの知識で、無双できないじゃーん! 折角ネットの知識クラスの皆に自慢してたのにー!」

「の、ノナ?」


 突然ハイテンションで叫び始めたノナを、エムは心配する。


「だ、大丈夫?」

「はっ! しまった! ごめん! つい、いつもの癖で! あははは! ま、ともかく! 写真家として存分に楽しんでくれたまえ!」


 ノナは急にニコニコ笑いだし、腕を組みながら得意げな表情で言った。

 ダンジョン内での姿も合わさり、本当に中学生なのではないのかと錯覚する時がある。


「ありがとう! それにしてもこの写真、推しに届くといいなぁ……」


 エムは、ふと一人呟くと、突然の別れとなってしまった、ある人物を思い出す。

 推しでもあり、ネットの友達でもある、そんな存在がエムにはいるのだ。


「オシ? あっ! あれでしょ! アイドルを推すって奴! クラスの男子が言ってたなぁ!」


 【クラスの男子】とはなんだろう?

 と思ったが、すぐに予想はついた。おそらく、リスナーのファンネームがそれなのだろう。


「私の場合は、アイドルじゃないけどね」

「違うの?」

「うん。TUBEで活動してた人だよ。けど、ある日突然チャンネルが消えちゃってね……」


 【如月キサラギパイン】

 エムの推しでもあり、ネット友達でもある女性VTuberである。


 チャンネル登録者は20人程なので、彼女の配信は、ほぼエムとパインの1対1になる。

 女性ではあるが、リアルバレを防ぐ為にボイスチェンジャーで声を変えている。ボイチェンの品質の問題か、最初の頃は何を言っているのか正直分からなかった。


 かなり大人しいタイプのVTuberだった。

 何回も何回も交流をし、ある日エムはとあることを提案した。


・『今度一緒にダンジョンに行きませんか?』


 VTuber相手にリアルで誘ったのが良くなかったのだろう。

 今は反省している。


『誘ってくれてありがとう。でも、私はもうそんなことする年じゃないから無理だよ』


・『パインさんが何歳か分かりませんけど、ダンジョン内の体は特殊なので、大丈夫ですよ!』


『もう年だし、もう新しいことは何もしたくないんだ。ごめんね』


・『年は関係ないですよ!』


『あるんだよなぁ。まぁ、私もエムちゃんと同じくらいの年頃だったら、行ってたかもしれないけどね。もふもふのモンスターと友達になって、背中に乗ったりもしたかったかも』


・『だったら、行きましょうよ!』


『正直何もやる気ないからなぁ。まぁ、考えておこうかな。考えるだけ』


・『やったー!』


 あの配信の数日後、パインのチャンネルは消えた。

 今から約一か月前の出来事だった。


「ごめん」


 ノナが謝罪をしてきた。

 もしかしたら、暗い表情をしていたのかもしれない。


 ノナは全く悪くないのに、1人で暗くなってしまい、こちらこそ申し訳ない気持ちだ。


「いやいやいいんだよ! 私が話したかっただけだし、それにこうやってネットで活動していれば、向こうが見つけてくれるかもしれないしね!」

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