未来のまだ見ぬ素敵なリスナーへ

たかてぃん

第1話

「ありがとう、貴方の言葉で救われたよ」

彼女のその一言で俺の人生は変わった


外はすっかり暗くなり、時計の短い針は12を指す手前だった

目の前には大量のタスクが書かれたタスク表

その殆どにチェックマークがついていない


歯を食いしばり、無心でキーボードを叩く

知らず知らずのうちに目から涙がこぼれてくる

悲しみや辛さでは無い、無心の中で流れる涙


心が限界だった


無心で仕事を片付け、終わったのは午前1時

終電などあるはずがなく、近くの個室ビデオに止まった

ビデオも借りず、部屋だけを借り、スーツだけ脱いで横になる


体も心も疲れ切ってるはずなのに一向に来ない眠気

目を瞑ろうとしても瞼は無理やりこじ開けてくる


そんな状況に抵抗することも無く諦め

久しぶりにスマホを開く

普段は仕事と家に帰れば寝るだけの日々

スマホを触る事など殆どなかった


久しぶりに触るスマホに違和感を覚えつつも

何をしたいこと無く、ビデオを借りなかったことを後悔した

今から借りてくる元気などあるはずもない

諦めてYouTubeで昔のバラエティを見る事にした

だが、昔と異なりその殆どはYouTubeから姿を消し、見ることは出来なくなっていた


見るものの無くなったYouTubeを閉じようとした時、

ふと、昔見ていたアニメのオープニングの名前が見えた


「歌ってみた?」


そこには可愛らしいアニメの女の子の絵と歌ってみたの文字

気づいた時にはそのサムネをタップしていた。


すると突然大音量で歌が流れ始めた

自然と姿勢を正し、音量を下げる

ほっと一安心すると前奏が終わり、女の子が歌い始めた


のだが、それはお世辞にも上手いとは言え無いものだった


それでも、一生懸命に力強く歌っている

今まで聞いた中で一番下手くそな歌

それなのに心を強く叩いてくる

深く閉ざした心を開くような力強さで


目頭が熱くなるのを覚えた

ストレスの涙では無い

久しぶりに感じる熱い想い

深夜2時、男1人個室の中で大粒の涙をこぼした


久しぶりに味わう気持ちに戸惑いながら、気付いたら次の歌動画をタップしていた

その歌が終わったら次、終わったら次と


何曲聞いたか忘れた頃、アイコンにライブという文字がついている事に気がついた


そのアイコンを触ると急に別の動画に飛ばされた

すると画面には先程歌っていた女の子が喋っていた

歌とは異なり普通の世間話みたいだった


「昨日上げた歌みたどうだった?少しは上手くなってたかな?」


画面上の女の子がそう言うと、画面内のコメントが活発になる


『全然www』

『まぁ、あのポンコツさがまたいいんだけどねw』

『さすがにVsingerは名乗れないw』


様々なコメントが流れる


「そ、そうだよね!」


女の子は少し沈んだ声を出したが、即座に明るく切りかえた


違う、なんでそんな事を言えるんだ、、、


男は疲れの残った脳と体をフル稼働させ、YouTubeにコメントする方法、アカウントの作成を必死でやった


配信から離れた分、話は進み別の話題になっていた

彼はVTubeのルールなど知るはずもない

全く関係の無い場面でコメントを投稿する


「あなたの歌で僕は救われました。辛く苦しい人生の中で心を叩かれ、涙を流した。俺はあなたの歌が大好きです。だから、これからも歌って欲しい!」


そのコメントが流れると

『いや、なんの事?』

『自分語りキツイって』

『ここのノリ知らないとまぁ、そうなるよねw』


コメントは冷やかだった

そのコメントを見てはっと我に返り、やってしまったと思い、急いで訂正しようとした。


その時だった

画面の向こうから声は消え、静かに鼻をすする音が聞こえる

自分のやらかした事に申し訳なさ、恥ずかしさを覚え謝りたかった

だが、謝る必要などなかった


「ありがとう、、、ありがとう!

ずっと、歌が好きである人の歌で感動して私もそんな風になれたらって

でも、そんな事出来なくて、歌は下手で自分でも下手って言うのは分かってて、でもそれでもいつか皆に思いを届けたくて、、、

ありがとう、ありがとう」


今日はもう何度泣いたか分からない

女の子につられて再び涙が溢れる


『ごめん、、、そんな思い出歌ってたって知らなくてネタにして』

『いや、俺はかっこいいってずっと言ってた!俺もずっと感動してた!』

『歌の下手さは凄まじいけど、気持ちは誰よりも強いよ』


コメント欄も手のひらを返したかのようにコメントし始めた


「ありがとう、貴方の一言で私は救われたよ」


後に彼女は伝説のVsingerとして名を馳せるのはまた別のお話


VTubeはVTuberだけでは成り立たない

リスナーがいてこそ成り立つもの


それがVTube

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