第22話 情報は力

 夕日のような淡いオレンジ色の壁紙に囲まれた、ラーキンズ公爵家の一室。本来は温かみを感じる部屋なのに、状況がそれを許さなかった。


 けれど私とノエは、まさにその空気をかき回すように、文字通り風をまとって侵入した。

 不法侵入もはなはだしい状況ではあったが、すでに狂った父親を前に、言葉を発せなくなっていたエイダ嬢は、そんな私たちの姿を見た途端、今にも泣き出しそうな顔になった。


 どれだけ不安だったのだろう。どれだけ怖かったのだろう。

 私もお母様と向き合うだけで、今も怖くて震えてしまうのに。エイダ嬢はただ一人、そんな父親と向き合っていると思うだけで、胸が絞めつけられた。


 駆け寄りたい衝動にかられていると、エイダ嬢の方が近づいてきた。私と同じエメラルドグリーン色の髪をしているせいか、思わずエイダ嬢の手を取る。


「エイダ嬢。私のせいで嫌な思いをさせて、ごめんなさい」

「っ! リリア王女様のせいではありません! すべて……すべて父が悪いのです」

「一つ確認がしたいのだけど、私とシェリー・ラーキンズのことは、ノエから聞いたの?」


 途端、後ろにいるノエが反応した。僅かだが、服が擦れた音が聞こえたのだ。


「リリア王女様もご存知でしたか」

「えぇ。貴女と同じでノエから、いえパルディア公爵から聞いたの」

「では、記憶があるわけではないのですね」

「あったら、エスコートや援助は受けないわ」

「援助? お父様はそんなこともしていたのですか? 我が家だって困窮していたのに」


 エイダ嬢はそういうと、先ほど映像で見た時と同じ、鋭い眼差しをラーキンズ公爵に向けた。

 しかし困窮していた、とはどういうことなのだろうか。その情報が知りたくて、「ノエ」と呼びかけながら後ろを振り向いた。


「リリア。情報は力です。武力とは違う、戦略的な力。だから僕のリリアにちょっかいをかけた代償を支払わせたんです。勿論、援助はそこから出しました」

「つまり、あの援助はノエが?」

「あの時はまだ、堂々と名乗れなかったので……仕方がなく」


 ラーキンズ公爵の名を使った、というわけね。出所もラーキンズ公爵家からのものだから、おかしくはないけれど……。


「今後は事前に相談してね」

「勿論です!」


 一先ずノエの件はこれで、と再びエイダ嬢の方へと顔を向けると、何故か呆然とした顔をされてしまった。


「どうかして?」

「えっ! そんなのでいいのですか? もっとこう、怒ったり叱ったりした方がいいと思いますよ」

「……でも、援助は助かっていたし。ノエがやったことだから」


 結果オーライなのでは? と首を傾げると、ますます困惑させてしまったようだった。

 折角、これから友人になりたいのに。これでは難しいかしら?


「エイダ嬢。リリアがいいと言うのだから、いいじゃないか。それよりも君の父親だ」

「そ、そうね。パルディア卿から連絡を受けていなければ、ずっと父に言われてきたことが正しいことだと思わされていたから。凄く助かったわ。私も妹も、お母様も」

「つまり、ルートリと契約ができないことも、愛し子になれないことも、ずっと貴女たちを責めていた、ということ?」

「はい」


 エイダ嬢は私と同年代だから、おおよそ十七年間、ラーキンズ公爵夫人はあの男に責められていたのだ。


 そう思ったらいてもたってもいられなかった。後ろから「リリア」とノエに腕を掴まれたが、何かの力で引き離された。「えっ」と思った時には、私の横にエメラルドグリーン色の髪と薄紫色の瞳をした……。


「ルートリ。どうして?」

「リリアの意図を察してきた。早かっただろうか」


 今度は私の戸惑いを察して、眉尻を下げる。


「いいえ。正直、来てくれないと思っていたから驚いたんです」

「どうして? リリアの頼み事なら、私は何だって引き受けるよ。今まで何も要求してこなかった分、たっぷりとな」

「ありがとうございます」


 最後にルートリと会った時、私は酷い態度を取ったのに、変わらずに接してくれる。


 そうか。そうなんだ。これが愛し子なんだ。今まではルートリに嫌われたら、私は愛し子ではなくなる、と思い込んでいた。だからいい子でいようとしていたけれど、ルートリは違った。もっと私に頼ってほしかったんだ。甘えてほしかった。

 これで合っていますか? と私はルートリの方を向くと、ニコリと微笑まれた。


「それで、この者はどうするのだ?」


 ルートリに指摘されて、今まで大人しくしていたラーキンズ公爵が動き出す。


「改めてお目にかかります、ルートリ様。私は――……」

「誰が発言を許可した。私はお前のせいで、大事な者を二度失うところだったのだぞ」

「ルートリ」


 繋がっているせいか、ルートリの怒りが伝わってくる。こんなことは、今までなかったのに。


「それは、私もリリアに嫌われたくなかったからだ。だから、シェリーのことも話せなかった。私はお前をシェリーの代わりだとは思っていない。いくら悲しくても、シェリーは戻ってこないし、リリアはリリアだからな。そうだろう、ノエ」

「はい。けれどあの男は未だに分かっていません。王妃様に取り入り、再びルートリ様の愛し子を傷つけようとしています」

「傷つけなどしない。丁重に保護しようとしているだけだ」

「かつて私にそう言っていたが、シェリーは保護どころか監禁されていた。リリアにも同じことをする気なのだろう。あの部屋が残っている、ということは」


 そういえば、ラーキンズ公爵はエイダ嬢との会話でそう言っていた。


「シェリーを他の家門に渡さないための処置です。ルートリ様と契約できないのであれば、繋ぎ止める存在が必要なのです」

「つまり私のせいだと言いたいのだな」

「そんなつもりは……」


 いや、そう思っているから愛し子に酷いことができるのだ。愛し子を苦しめたくなければ、自分と契約しろと、無言の圧力をかけるために。


 けれどルートリはそんな脅しに屈しなかった。代償は大きかったけれど、その分ラーキンズ公爵への恨みも強い。


「ノエよ。情報は力だと言ったな」

「はい」

「それならば、この屋敷にあるシェリーの部屋を暴き、リリアをそこに入れようとしたという情報を流せ」

「なるほど。すでにラーキンズ公爵がリリアに求婚したことは、謁見の間で周知されています。リリアを得て、何を使用としたのか。先代の愛し子の前例を上げれば、信憑性は増して……」

「王族への不敬罪が成り立つ?」


 ちょっと強引だけど。


「ううん。成り立たせなくても、ルートリがエイダ嬢と契約をして、新たなラーキンズ公爵になれば……」

「国として裁けなくても、私が家長として裁くことは可能です。すでにお母様も妹も、お父様を見限っておりますので、誰も反対はしないでしょう」

「エイダ!! 自分が精霊士になりたいからと、私を売る気か!」

「見損なわないでください! 私は守りたいだけです! 誰も死なせない、悲しまない道を選んでいるだけで、非難を受ける筋合いはありません!」


 するとラーキンズ公爵、いやアルデラーノはエイダ嬢に掴みかかろうとした。危ない! と感じた私の意思を汲み取ったルートリが前に出て、アルデラーノを振り払い、エイダ嬢を守る。


「ありがとう、ございます」

「新たな契約者を守るのも、私の役目だ」

「それでは、話は決まりですね」


 ルートリの意思を確認したノエがニンマリと笑い、指を鳴らした。途端、強風が舞い、ウェルディアが現れると思ったら、見慣れない男たちが姿を見せた。

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