第9話 マイヤー家(リン、サラ、そしてアナ)

 マイヤー家は、校長サラの父に当たるダグ・マイヤー氏が作ったジーニクス社とともに成長した。ダグは言ったものだった。

「ジーニクス社が最も得意とするのは人の記憶を取り出して保存するサービスです。これを使えばアルツハイマー病のような患者を助けることができます」

 やがてそれは他の用途にも使われるようになった。ニュース番組は次の様に語る。

「最近、政治家も記憶サービスを活用するようになりましたね」

「政治家の人達、昔は『記憶にございません』ってよく言ってませんでしたっけ?」

「今は通用しないですよ。今彼らの流行りは『何でも記憶しています』です」


 ダグのもう一人の娘クロエはやがてジーニクス社の社長を引き継いだ。そんなクロエに対して、妹のサラはパイロットの道を選び、そして成功した。

 そのサラは大学教授のフィル・ライアンと結婚した。フィルはAIの専門家であるが、社会問題にも詳しく、いわゆる二刀流であった。

 サラはフィルの影響で女性と子供の貧困問題にも関心を持つようになり、世界の貧困地域を巡っては女性や子供にアバターの活用方法を教えていた。


 サラの第一子のアナが四歳になると、彼女も海外に連れて行くようになった。妹のリンはまだ幼すぎる為、家に置いて家族にまかせた。

 そして悲劇は起きた。ある国で二人がテロにってアナが犠牲ぎせいになったのだ。

 フィルはそれをきっかけとしてAIによる社会の改革に力を注いだ。家にも帰らず必死に研究を進めたのだ。

 一方のサラは既に述べたように、若手パイロットの訓練所を作った。


 サラの姉であるクロエは、娘を失ったサラがあまりにも可哀そうでフィルが保存しておいたアナの記憶とジーニクスの技術を使って、アナのアンドロイドを作ることにした。

 こうしてマイヤー家はアナの死をきっかけに、各々の道を追求するようになったのであった。

 そして今、サラの夫フィル・ライアンが誘拐されてしまった。マイヤー一家はいきどおりを隠せない。


 サラは「別居が続いているとはいえ、愛している大切なフィル。無事でいて欲しい」

 リンは「犯人は許せん。私が見つけてやる」

 クロエは「フィルは大丈夫かしら。アナのアンドロイドがまだ完成していないのに」

 誘拐から二日目、アレックスとクレイ、警察はフィルの行方を探し始めていた。

「現場で何か手掛かりは見つかったか? 監視カメラの映像は?」 

 するとスタッフの一人が言った。

「今の所有力な手掛かりはありません。監視カメラには複数の男が映っていますが、映像が鮮明ではありません。プロの犯行のように見えます」

「奥さんのサラさんには聞いてみたか?」

「ええ。昨日聞きました。犯人について気が付いたことは特に無いそうです。」

「そうか。よし、じゃあまずは監視カメラの映像を調べてみよう。パイロットの方たちは何か意見はありますか?」

 クレイが言った。

「いえ、今はありません。我々も何ができるか考えてみます」


 その頃、サラにクロエから連絡が来ていた。

「サラ、どういう状況?」

「犯人の情報がなくて警察が困っている、私も明日から協力しにいく」

「そう。何か私にできることがあるかしら」

「クロエ、大丈夫よ」

「リンはどうするの?」

「しばらく自宅にいてもらうわ」

「だめよ。そんなんじゃ危険よ。私の所に来るようにして。落ち着くまでこちらで面倒みるわ」

「わかったわ。すぐにそちらに移動させる」


 クロエとの話を終えると、サラはリンを呼んで話した。

「リン、クロエと話したんだけど、お母さんは明日からしばらく警察と一緒に行動するから家に帰れないの、リンはクロエおばさんのところに避難してくれない?」

「えー。私もお母さんと一緒にお父さんを探したい」

「危ないからだめ。少し遠いけど一人で行ける? リニアモーターカー使ってね」

「それは問題無いけど、残念」

「明日朝早く行ってね。念のためアバターも持って行っていいよ」

「わかった」


 その後、リンは友人らにしばらく不在になることを連絡した。カイルにも連絡を入れた。

「カイル、私お父さんの誘拐の件がらみで、かなり遠いおばの家に行くことになったの。お母さんが警察と行動することになって、しばらく家に帰れなくなくなるから」

「そうなんだ。いつ行くの?」

「明日の朝」

「急だな。誰が送ってくれるんだ?」

「一人で」

「大丈夫か?」

「一人は初めてだけど、行き方はわかるから問題ないよ」

「危ないんじゃないか? おまえ渦中の教授の娘だぞ」

「だから避難するんだけど」

「移動中も危ないって。犯人が誰でどこにいるかわからないんだから」

「じゃあ、カイルが付いてきてくれる?」

「俺? ……」

 カイルは少し考えた。

「いいよ。でも俺でいいのか? 今お母さんに聞いてみてくれよ」

「わかった」リンはカイルとのコールをつないだままサラに相談した。

「お母さん。カイルが一人で行くのは危ないって。彼に付き添ってもらっていい?」

「ええ? それは心強いけど。ジュディは出られる? 彼女と話しをさせて」

 カイルが母親のジュディを呼び、母親同士で話し合った。サラがリンに結果を言った。

「リン、いいわ。カイルについてってもらって。クロエにも話しておくわ」

「やった。カイル、聞いた? 明日早朝よ。アバターを忘れずにね」

「ああ、家に迎えに行くよ」


 二人は翌朝、クロエの家に向かって旅立った。

 リンとカイルはお昼頃に現地の駅に到着した。駅にはジーニクス社の社員が迎えに来ていた。

「リン・マイヤーさんとカイル・スプリンガーさんですね。ジーニクス社の者です。最初はジーニクス社に案内するようにクロエ社長に言われています。夕方には社長の自宅にお連れします」

「お願いします」

 リンとカイルはジーニクス社に連れていかれた。会社の建物は大きく立派なもので、二人ともその規模に驚いた。

 ゲストルームで一休みした後、社員がリンに伝えた。

「リンさん、社長がぜひとおっしゃっていたのですが、社長の専用ラボをご覧になりませんか? お姉さんのアンドロイドが置いてあります。ご存じですよね?」 

 リンが答えた。

「もちろん、でも近くで見るのは初めてかも」


 リンとカイルはラボに入った。幼いアナのアンドロイドが椅子に座った状態で置かれていた。

「これがお姉さんの?」

 カイルが聞くとリンが答えた。

「そうよ、アナって言うの。亡くなった当時の姿で作られている」

「これは高精度だな。どうみても人間だぜ」

「そうね。クロエおばさんとお父さんが頑張って作っているんだって」

 社員が言った。

「もうほぼ完成だそうです」

 リンがアナを見つめながら言った。

「でも、お姉さんとは言いにくいわね」

 今、十一歳のリンに対して姉アナのアンドロイドは四歳のままである。


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(作者より) マイヤー家をリンの視点でまとめます。

祖父 :ダグ・マイヤー (ジーニクスの創設者)

母の姉:クロエ・マイヤー(ジーニクスの現社長)

母 :サラ・マイヤー(パイロット養成所の校長)

父 :フィル・ライアン(AEMの開発者)

姉 :アナ (4才のときにテロに遭って逝去)

妹 :リン (11才 アバターパイロット訓練生) 

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