第5話 エメラルド・コールマン

 時計が十二時ちょうどになった時、それは起きた。

 エミーの頭の中で誰かが呼ぶ声が聞こえてきた。

「エミー? エメラルド・サマー?」

 部屋の中がうっすらと変な色になっている気がした。

「なに? だれ?」

「エミーったら、聞こえているでしょっ」

 うう。頭の中で誰かがさけぶ。声だけですがたは見えない。

「だれでしょう?」


「もう。ようやく気が付いたようね。私はエメラルド。初めまして」

「エメラルド? 私と同じ名前?」

 エミーの本名はエメラルドだが、その名前はめったに使わない。

「そうよ。同じ名前」

「で、そのエメラルドさんが何の用? こんな夜中に」


 と言ったところで、エミーははっとした。頭の中で語りかけられている。うわ、これって心霊現象しんれいげんしょう? やばいやつ?

 エメラルドとなのる人は言った。


「ちがうわよ、怖いものではないのよ。私も普通の人間」

「普通じゃないよ。頭の中にしゃべってくるもん」

「ごめんね。あなたには理解できないでしょうけど、私は別のところにいる普通の人間よ」

「別のところってどこよ? どこにいるの?」

「うーん。地球以外よ。ごめんなさい」

「やっぱり変なやつだ」


 エメラルドは説明をあきらめた。

「わからないわよねえ。まあいいわ。その辺は飛ばして本題に移るわね」

「何それ?」

「唐突で申し訳ないんだけど、あなたの体を少し貸してほしいの。いいかな?」

「絶対いやっ」

「エミー…… 体をかりるっていっても乗っとる訳ではないのよ。そうねえ、あなたの感じ方で言うと、体の動きが急激に良くなるって感じ。それから頭の回転も速くなる」

うそっぽい」

「嘘じゃないわよ。『あれ、これ私なの?』って感じで、すごく早く動作できるし、いいアイデアが次々と出てくるのよ」


「あなたが私の体を借りれば、そんな都合のいいことが起きるって事?」

「その通り。いいでしょ」

「絶対だましている」

「疑い深い子ねえ。じゃあ、お試ししてみる? 一週間やってみて、嫌ならやめていいわよ」

「それも嫌。大体どうやって私の体に入り込むつもり? 目的は?」

「ひ・み・つ。悪いけどお試しは強制的にさせていただくね。一週間よろしく」

「嫌、やめてよっ」


 エメラルドの声が途絶えると、エミーは急に体が軽くなって意識が遠くなった。次にまゆの中にいるように柔らかい光の中に包まれた気がする。意識が少しずつ戻ってきた。

 天井も壁も自分の体も、元のままで特に変化はない。ただの夢だったんだ、とエミーは思った。


 しかし、次の日からエミーは変わった。それに気が付いたのは毎日のように行う、アバターによるパルクールレースである。 障害物があるコースを走り回りタイムを競う。

 エミーはいつも決まった場所でアバターの操作がうまくできずタイムを落としていたが、この日はどう操作すればいいか、なぜか事前にわかり、操作自体も素早くなった。

 その日のタイムはアレックスの四十二秒が最速、平均が四十六秒だった。そしてエミーの昨日までの最高が四十五秒だった。

 しかしエミーのアバターがスタートすると、いつもより早い動きにみんなからどよめきが上がった。彼女の操作は、いつもより素早く動き的確だった。訓練生達がつぶやき始めた。

「エミーやたら早いな。アレックス並みだぞ」

「一体どうなってるんだ、あいつ」

 そして、エミーのアバターがゴールすると、そのタイムは、

「四十秒!」

 アレックスもびっくりの過去最高タイムだった。エミー自身もとてもおどろいた。自分がこんなに速く操作できるなんて。アレックスがかけよってきた。

「エミー、どうしたんだお前。いきなりえらく上達したな」

「まあね。練習したのよ」

 そう言いながら心臓の鼓動が激しかった。(私どうしちゃったのかしら)

「いや、信じられない。このコースで四十秒はあり得ないよ」

「たまたまだね」


 しかし次の日からも、どのコースでもエミーは自己ベストを大幅に縮めていった。 いやパルクールだけではない。武器の使い方も苦手な手先を使う動作も今までのエミーのアバターでは考えられないテクニックの急な進化があった。

 もはやエミーは夢と思っていたことが現実であることを認めざるを得なかった。しかも自分の中に誰かが入っているような気は全くしない。

 一週間が経過した夜、エミーは緊張きんちょうした面持おももちでベッドに横たわった。夢が本当なら今夜あたり、またエメラルドのアクセスがあるはずだ。

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