第2話 アレックス・スプリンガー
クレイ・スノーはパイロットとしてもエンジニアとしても一流。訓練生のアバターを手入れしたり、改良もうけおっている。そのクレイが好きだと言うリンにエミーが言った。
「アレックスは十五才だからまだしもクレイは二十二才よ。あなたの倍の年だけど」
「愛に年の差は関係ないよね」とリン。
「愛って……ハハハ。リンはまだアイスクリームが似合ってる年じゃん」
エミーがバカにする。
「ムカツク。笑うとしわが目立つよ。おばさん」
リンが怒って言い返した。
その時、スピーカーを通じて本物のアレックスから「どさっ」という音と「うわっ」という声が聞こえた。
エミーがあわてて聞いた。「どうしたの、アレックス?」
モニターに、はでに転んでいるアレックスの姿がうつし出された。
「いてて、ころんだ」
「言わんこっちゃない。立てるの?」
「うーんと、いてっ、だめだ。ねんざした」
「何やってるのよ、もう。スライダーは持ってる? ああ、持ってないのね」
スライダーは空を飛ぶ乗り物で、ふだんは小型犬くらいのサイズにたたまれる。彼のまわりにはそれが見当たらない。
「ああ、ないんだ」
「仕方がないわね。私のアバターを迎えに行かせるわ」
「わかった。すまないがたのむ」
エミーは特殊なメガネをかけ、手にコントローラを着けて、自分のアバターを呼び出した。指先で細かい操作をすると、エミーのアバターはうずくまっているアレックスのところにあっという間に到着した。アバターを介してエミーが話しかける。
「アレックス、大丈夫? 立って」
エミーのアバターがアレックスをひょいと持ち上げると背負って、軽やかにこちらに戻ってきた。リンがその様子を見ていた。
「すごーい。動きがなめらかで早い。エミーやるじゃん」
「それほどでもないよ、リンならすぐにこのレベルになるよ」
エミーは戻ってきたアレックスをたしなめた。
「アレックス。 リハビリしながらそうさしちゃだめよ。 ケガしたら元も子も無いじゃない。足元が見えてないんだから」
「はい。すみませんでした。エミー先生」
横でリンも口にお菓子をほおばりながら続けた。
「アレックスもまだまだよねえ。パイロットがこのざまじゃあ、アバターの制御もへったくれもないわ」
「何でリンにまで言われるんだよ、トホホ」
するとエミーが今度はリンに切れた。
「リン、あなたもいつまで食べているのよ。本当に太るわよ。授業再開するよ!」
「えー。まだやるの~?」
また風が入り込んできて、エミーとリンの髪が揺れた。エミーは少し考えた。居眠りされないように、少し気分を変えるかな?
「そうねえ。じゃあ外でスライダーに乗りながらやろうか?」
「それいいね! じゃあ私のスライダー持ってくる」
二人はそれぞれのスライダーに乗って青空の中を飛び始めた。木々より少し高いくらいの高さで空のさんぽである。そうかいで自由な空の旅。好きなように飛び回ることが出来て気持ちが良すぎる。
「2170年頃の話から。はいリン、何年前ですか? 簡単な引き算よ」
「ばかにしないで。2231から引いて、今から61年前っ、どう?」
「はい正解。60年くらい前にからアンドロイドは人間が操作するようにし始めたのよ」
「いつまでたってもアンドロイドを自立させられなかったからだね」
「そう。結局、人間がリモートでコントロールした方が、手っ取り早かったのね。そして自分そっくりのアンドロイドが身代わりで動くのを見て誰かが気が付いたの。これはまるでアバター(分身)だと」
「それでアバターって呼んだんだ」
こうしてリンはアンドロイドのアバターが広まった歴史をリンから教わったのだった。スライダーはなおも青空を気持ちよく進む。エミーが言った。
「リン、あの湖のところにおりて歩こうよ。花がたくさん咲いてるよ」
「うん。そうしよう」
二人は湖のほとりでスライダーを止めた。スライダーはコンパクトに折りたたまれ、少しだけ空中を浮いて二人の後ろを付いてくる。まるで子犬のようだ。
湖はさざ波に揺れて空の青色を反射していた。二人は花が咲く小道を並んで歩きだした。
「アバターは最初、簡単な仕事に使われたんだけど、やがて色々ふくざつなことにも使われるようになったの」
「テレビやネットにもたくさん出ているし、コンサートとかイベントにも良くいるよね」
「本人が会場に行かなくて済むからね」
「本人よりアバターの方がカッコよかったりするし」
「そうね」
二人は笑った。
「エミーは昔、アイドルもやっていたんじゃなかったっけ?」
「少しね。売れないアイドル……」
「アバターを思いっきり可愛くすれば良かったんじゃない?」
「それじゃ、さぎでしょ。あんまり変えたら私自身が現れた時に、『あなた誰?』って言われるよ」
「はは。そっか」
「エミーはどうして訓練所に入ったの?」
「スカウトされたのよ。あなたのお母さんに」
「サラに?」
「そう。ここの訓練生の多くがサラのスカウトよ」
アバターの制御で大切なのが手元コントローラの操作である。
「指の操作がとくいな若い人がパイロットに選ばれるようになったのよ」
十年ほど前、有名な女性パイロットだったサラ・マイヤーが『鳥の巣』を作った。
二人は湖の歩道の途中にあるベンチに座った。しばらく湖を眺めていたらリンがポツリと話始めた。
「エミーさ、お母さんが訓練所を作った一番の理由を知ってる?」
「え? 知らないけど」
「私にはアナって名前の姉がいたんだ。私は小さかったから記憶は無いんだけど」
「え、本当?」
「十年前、ある事件でアナがくずれた建物に閉じ込められたんだけど、当時のアバターは助けることができなかったんだって。それがきっかけで、訓練所を作ったんだ……」
「そうだったの、じゃあ私達もがんばらなくちゃね」
「うん。エミー、そろそろ帰ろうよ」
リンは立ち上がった。
サラが訓練所を作ってから十年がたった。クレイに続いて優秀な生徒がちらほら現われ始めた。アレックスとカイルのスプリンガー兄弟、ミア・ブリッジズ、そしてサラ校長の娘リン・マイヤーである。
エミー・サマーは? 今のところ優秀とは言えないが、間もなくすごいパイロットになる。
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