エメラルド(SF 子供向け改訂版)

🌳三杉令

第1話 アバター

 ――二百年後の未来はだれもがキラキラとかがやく明るい世界だった。パイロットと呼ばれる十代の子供たちはアバターと空をかけめぐるのだった。


 さわやかな風がそよぐ気持ちのいい日、見はらしのいい丘に大きな建物があった。 三十メートルくらいの高さで、上の方に巨大な卵のような形をした学校(訓練所くんれんじょ)があり、長い柱やはりが複雑ふくざつに支えていて、まるで鳥のだった。


 ノリの良い音楽が聞こえてくる。昔のロックだ。ギターの音色とボーカルのすき通った声がこだまのように空にひびく。夢の世界の様だ。

 やがて音楽は静かにファードアウトした。


 教室に二人の女の子がいる。窓から光がたっぷり入り、風の音と鳥の声だけがのこされた。気持ちがいい。年上のエミーがリンに話しかけた。

「リン。パイロット訓練所『鳥の巣』へようこそ。これから少なくとも1年はよろしくね」

「エミー、よろしく。いまさらだけど」リンとエミーはよく知る間がらである。

「それじゃあ、最初の授業としてアバターについて一通り説明するね」


 アバターは分身という意味だが、ここでは自分そっくりのアンドロイド(機械人間)のことをそう呼んでいる。機械でできた自分のコピーなのである。アバターをあやつることが上手な人はパイロットと呼ばれている。


「はい。でも1時間も? アバターはもう知ってるよ。自分のもあるし」

「そう1時間も、だよ。ちゃんと聞いててね」エミーはつんとすました表情でそう返した。

「大体エミーって先生だったっけ?」リンはまだ子供で遠慮えんりょが無い。

「普段は違うけど、今日は特別にリンに教えるようにクレイに言われたのよ」

「まじ? エミーそんなに頭良かった?」

「それなりにいいわよ。リンちゃん……」

 エミーはこめかみをピクピクさせながら答えた。こののどかな雰囲気ふんいきでは怒る気にならない。


 エミー・サマーは十五歳。この訓練所に入って1年がたつ。順調に行けばあと1年でウイザードと呼ばれる上級パイロットになって卒業できる。まだ成績は今一つだけどね。

 リン・マイヤーは十一歳。まだ子供なのにパイロットとしての腕は抜群で、史上最年少での入所だ。母親のサラはここの校長先生なので、リンはエミー達とも顏なじみである。


「リン、始めるね。今は何世紀かわかる?」

「2231年だから22世紀?」

「違います。23世紀でしょ!」

「へー」

「もう。まずね、二十世紀にロボットの開発が始まったの。そして二十二世紀にはようやく人間そっくりのアンドロイドが作れるようになったのよ」

「ふーん……」 

 この子、歴史には興味ないな、まあいいか。 

「でもね。見た目がいくら人間に近づいても、アンドロイドを人間と同じように働かせることはなかなかできなかったのね」

「……」


 リンにはエミーの声が鳥の声と混ざって聞こえてきた。心地がいい。

「例えば、アンドロイドは自分で目的地に行くことはできるし、会話もかなり上手にできる。でもその場に応じて自分で考えて行動することはできないの。運動能力も自分だけでは十分使いこなせないしね……って、リン! ちゃんと聞いてるの?」

 エミーの長い話に、うたた寝をし始めたリンははっとした。

「ごめん、うとうとしちゃった。アンドロイドはすごいんだっけ?」

「性能は確かにすごいよ。疲れないし、食事もおふろもトイレもいらないのよ」

「おー。それは便利」

「空中にも浮かべるし、力持ち。ケガもしない」

故障こしょうはするよね」リンが突っ込みを入れる。

「それはそう。機械だからね」


 微風そよかぜが吹いてきてリンはちらりと外を見た。「クンクン」何かいい匂いがしたような……そんな気がした。

「ねえエミー。私は機械じゃないからおなかが減ってきた」

「まだ始めて十分もたってないよ。もう少し我慢して」

「はーい。エミー、本当に先生みたい」


 エミーのこめかみがまたピクついたが、息を吐いてがまんした。自分はがまん強くて優しい性格だ、と思っている。

「アンドロイドはコミュニケーションが苦手よ。感情がなかなか上手に表現できないの」

「でも人間みたく怒ったりいばったりしないから、私は好きかな」

 うーん。確かにそうだ。気の合わない人間よりはましか。

「そうね、リン。それからアンドロイドは基本的に正直ね。うそをつくこともないよね」

 リンがいいことを思いついた。

「イケてる点を見つけたよ。飛び切りのかっこいい彼氏に作ることができる。はい、十五分の休み時間。お菓子を食べに行ってくる!」

 リンは部屋を飛び出した。さわやかな風が吹いた。


「まったく、もう」

 エミーもためいきをついて部屋から出た。外が良く見える休憩きゅうけいスペースまで行くと、さっそくお菓子を食べているリンとアレックスが一緒にいた。アレックスはエミーの同級生である。

 アレックス・スプリンガーは成績はクラスでトップである。子供の時のケガが原因で足が不自由だが、その分、手先が器用きようでアバターを自由自在にあやつることができる。


「アレックス。今日は休みじゃないの?」

「ようエミー。ひまつぶしに訓練所に来たよ」

 エミーは座っているアレックスに少し違和感いわかんを覚えたが、話を続けた。

「何してるの?」

「外を見なよ。ドローンを4台同時にそうさしているんだ」


 エミーが窓の外を見ると鳥のようなドローンが4台きれいに飛び回っている。よく見るとアレックスの指先がこまかく動いている。すきとおっているハンドコントローラを使っているのだ。


「アレックスって上手だよね」

 リンはそうほめると、お菓子を食べながらエミーに聞いた。

「エミーはできる? 4台のマルチよ」

「それくらい私だってできるわよ」

 するとアレックスが言い返した。

「エミーにはまだ無理だね」

「できるわよ! ばかにしないで」

 アレックスがにやっとした。その顔を見た時、エミーは違和感の理由がわかった。

「あなた、アバターね」

 リンが目を丸くした。

「えー? アバターがドローンを操作そうさしているの? 初めて見た」

「イエス。本物の俺はここにいるよ」


 外に見える本物のアレックスがこちらに向かって松葉杖まつばづえを振っている。外を歩きながら、アバターを通じてドローンを操作しているのだ。

「そこで何やっているのよ? 操作しながら歩くと危ないよ」

「リハビリのトレーニングさ。ついでに二重制御の練習もね。」

「あきれた。あなた本当におたくだわ」


 リンはソフトクリームを食べ、アレックスを見ながらエミーに言った。

「アレックスってカッコいいよね。パイロットとしての腕もいいし」

「どうかな。ああやって脚を治そうと努力しているところは尊敬するけどね」

 エミーの言葉を聞いてリンがつぶやいた。

「私はね、この訓練所の中ではアレックスとクレイが好きなタイプだな」

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