第4話
◇
結衣のウエディングドレス姿は、この世の何よりも美しく、そして残酷なまでに私を傷つけた。
真白いそれを身に纏った彼女が、知らない男と仲睦まじくしている。煌びやかな会場で、彼らはまるで物語の主人公とヒロインのように思えた。モブキャラである私は、二人の姿をぼんやりと見つめ、茫然とする他ない。
一生この光景を忘れないだろうなと思った。命耐えるその時まで、ずっと脳内にこびりついて離れない。そんな光景。
「葵、前! 前!」
ハッと我に返る。悲嘆の沼に沈んでいた私は一気に現実に引きずり戻された。
周りの大人達が私の方を見ている。わぁ、と歓声が沸く。頭上に、花束が飛んでいた。ブーケトスだ。瞬時に気がついた私は、無意識に手を構えた。見事に私の胸元にぽすりと落ちた小ぶりな花束から、甘い匂いが漂う。
「ナイスキャッチ」
結衣が声を上げた。目を細め、口角を上げた彼女が、私だけに微笑みかけている。
────酷い女だ。
私を突き放すことなく、受け止めることもなく。こんな場で安易に崖から突き落とす彼女は、とても酷い女だと思う。
グッとブーケを握りしめ、無理に微笑みを返す。今更、溢れそうになった涙を堪えながら、震える声を出した。
「幸せになってね、ゆいちゃん」
彼女が頷く。私は、もう二度と、彼女を好きになることはないだろう。けれど、忘れることもできないと思う。
そうやって、私は大人になっていくのだ。
◇
結衣からドライブに誘われた時、私は大学を卒業間近の時期だった。内定も無事決まり、やっとゆっくりできると思っていた矢先の出来事で、私の感情はぐちゃぐちゃだった。
「ドライブ行こうよ」
携帯端末に届いた短い文章に、心臓が脈打つ。汗ばんだ手のひらをズボンで拭いながら、なんと返して良いか迷っていた午後。
結衣の結婚式以降、私たち────いや、私は彼女と会うことを避けていた。高校生になり、大学生になり、社会人になる。その過程で、もう会うことはないだろうと思っていた相手。
彼女も結婚生活が順調らしく、あちらから会おうと提案してくることもなかった。
私たちの関係はほとんど終わりかけていた。
なのに、一体どうして。
そこでふと、あることが脳裏に浮かんだ。
────子供ができた、とか?
結衣と会っていなくても、家族から彼女の状況は聞いていたりした。けれどその中に、子供を授かったという情報はない。
もしかしたら、真っ先に私に報告するために、ドライブに誘ったのかもしれない。
私は、どんな顔をしてその報告を受ければ良いか分からず、頭を抱えた。
────愚かなことに、私はまだ結衣が好きだ。
十人中、十人がきっと私を指さして笑うだろう。無駄な恋だと。けれど、どうしようもない。あの女を忘れることは出来ないのだ。
私は「了解。明日、迎えにきて」とだけ返事をし、大きくため息を吐いた。
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