第4話


 結衣のウエディングドレス姿は、この世の何よりも美しく、そして残酷なまでに私を傷つけた。

 真白いそれを身に纏った彼女が、知らない男と仲睦まじくしている。煌びやかな会場で、彼らはまるで物語の主人公とヒロインのように思えた。モブキャラである私は、二人の姿をぼんやりと見つめ、茫然とする他ない。

 一生この光景を忘れないだろうなと思った。命耐えるその時まで、ずっと脳内にこびりついて離れない。そんな光景。

 

「葵、前! 前!」


 ハッと我に返る。悲嘆の沼に沈んでいた私は一気に現実に引きずり戻された。

 周りの大人達が私の方を見ている。わぁ、と歓声が沸く。頭上に、花束が飛んでいた。ブーケトスだ。瞬時に気がついた私は、無意識に手を構えた。見事に私の胸元にぽすりと落ちた小ぶりな花束から、甘い匂いが漂う。


「ナイスキャッチ」


 結衣が声を上げた。目を細め、口角を上げた彼女が、私だけに微笑みかけている。

 ────酷い女だ。

 私を突き放すことなく、受け止めることもなく。こんな場で安易に崖から突き落とす彼女は、とても酷い女だと思う。

 グッとブーケを握りしめ、無理に微笑みを返す。今更、溢れそうになった涙を堪えながら、震える声を出した。


「幸せになってね、ゆいちゃん」


 彼女が頷く。私は、もう二度と、彼女を好きになることはないだろう。けれど、忘れることもできないと思う。

 そうやって、私は大人になっていくのだ。



 結衣からドライブに誘われた時、私は大学を卒業間近の時期だった。内定も無事決まり、やっとゆっくりできると思っていた矢先の出来事で、私の感情はぐちゃぐちゃだった。


「ドライブ行こうよ」


 携帯端末に届いた短い文章に、心臓が脈打つ。汗ばんだ手のひらをズボンで拭いながら、なんと返して良いか迷っていた午後。

 結衣の結婚式以降、私たち────いや、私は彼女と会うことを避けていた。高校生になり、大学生になり、社会人になる。その過程で、もう会うことはないだろうと思っていた相手。

 彼女も結婚生活が順調らしく、あちらから会おうと提案してくることもなかった。

 私たちの関係はほとんど終わりかけていた。

 なのに、一体どうして。

 そこでふと、あることが脳裏に浮かんだ。

 ────子供ができた、とか?

 結衣と会っていなくても、家族から彼女の状況は聞いていたりした。けれどその中に、子供を授かったという情報はない。

 もしかしたら、真っ先に私に報告するために、ドライブに誘ったのかもしれない。

 私は、どんな顔をしてその報告を受ければ良いか分からず、頭を抱えた。

 ────愚かなことに、私はまだ結衣が好きだ。

 十人中、十人がきっと私を指さして笑うだろう。無駄な恋だと。けれど、どうしようもない。あの女を忘れることは出来ないのだ。

 私は「了解。明日、迎えにきて」とだけ返事をし、大きくため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る