第2話
◇
結衣はコロコロと男を変えた。節操がないというより、付き合っても何処かしっくりせず別れてしまうらしい。
「相手はみんないい人だけど、私がダメなの。私が悪いから別れたの」。それが彼女のお決まりのセリフだ。結衣は決して性格に難がある人物ではなかった。むしろ穏やかで、敵を作らないタイプだ。
顔の良さから、男はピンからキリまで釣れた。結衣は来るものを拒まなかった。「だって、精一杯の勇気を振り絞って告白してくれたんだよ? 拒否したら、可哀想じゃない」。眉を八の字にして、申し訳なさそうに微笑む彼女に「じゃあ私と付き合ってくれたっていいじゃない」と返しそうになったのは、私が中学校二年生の頃だ。彼女は大学卒業間近で、社会人に足を踏み込もうとしていた。
この間に私は、何度か結衣に告白をしていた。そして、その度に玉砕している。
「葵ちゃんにはもっといい人がいるはずだから」
そう言われ続けた。実際、私は彼女に振られて以降、色んな人と付き合ってみたりした。同級生から始まり、上級生とも付き合った。けれど私も「何処かしっくり」せず別れた。気の迷いから男とも付き合ってみた。けど、やっぱり私は同性が好きなのだと改めて実感した。
結局、探しても私にはいい人は居なかった。
結衣は高校を卒業してから、車の免許をとった。買ったばかりの新車に私を乗せ、よくドライブをしていた。ことある毎に連れ出し、恋愛話に花を咲かせる。「今回も、うまくいかなかったんだぁ」。初心者とは思えないほどのスムーズな運転をしながら、結衣はこちらを見ずに苦そうに微笑む。私が彼女を好きだと知っていながら、別の男の話に花を咲かせる。とてもじゃないが気分は良くない。しかし、結衣とのドライブデートを断れない私は、この苦行を受けながら彼女と共にいる時間に浸るのだ。
結衣は自分の話ばかりをするわけじゃない。私の話に耳を傾け、相槌を打つ。「そっか、学校が楽しそうでなによりだよ」と穏やかな口調で言われると、心に花が咲く。「あぁ、やはり私は彼女が好きだ」と再確認するのだ。
そんなある日、結衣が真剣な眼差しで私をドライブに誘った。
私たちはいつも、無難な道をドライブする。ちょっと遠出をしたり、地元の行ったことのない道を散策してみたり。
けれど何か真面目な話をしたいときは、きまって結衣は夜の高速道路に乗る。速度を出し、紺に溶けるように車で駆けるのだ。
私はその時間が好きでもあり嫌いでもあった。無言でインターチェンジへ向かう彼女には何度か翻弄された。内定が決まった時や、彼氏とうまくいかなかった時、こうやって私は高速道路に乗り、話を聞いた。
逆に進路に迷っていた私から悩みを相談したくて、彼女に「高速道路に乗らない?」と誘う時もある。
彼女はニタリと笑い「オッケー」と頷くのだ。
高速道路に乗った私たちは必ずある場所に向かう。それはサービスエリアだ。愛用しているそこはトイレと簡易的なフードコートと、自動販売機が並ぶ、殺風景な場所だ。コンビニなどはなく、あまり人気はない。もう一つ先にあるサービスエリアがリニューアルし、家族向けの豪華な仕上がりになっているため、逆にこちらは日の目を見ることなくひっそりとしている。
リニューアルした方へ向かえばいいのにと何度か結衣に言ったことがあるが、彼女は頑なに拒み「この空気が好きなのよ」と口角を上げた。
今日はどんな話題なのだろうと思いながら、ゆっくり速度を落とし駐車場へ滑り込んだ車から降りる。車の鍵を鳴らしながら施設内へ入る彼女の背中についていく。
中はがらんどうとしていて人の気配は感じられない。ずらりと並んだ自動販売機の音だけが漂っていて、寂しさが根付いている。草臥れたテーブルに鍵とスマホを置いた彼女はうどんとそばが売られている自動販売機の前へ向かい、財布から小銭を出した。「うどんとそば、どっち?」と問われ、すかさず「うどん」と答える。小銭を入れ、ボタンを押すと、機械の稼働音が激しくなる。
「はい、どーぞ」
取り出し口から降りてきたうどんを手に持ち、テーブルに置いた彼女は「結衣ちゃんはそばにしよ」とひとりごちる。やがてそばを手に持ち、彼女が向かい側に座った。
割り箸を綺麗に割った彼女がいただきますと意礼儀正しく頭を下げ、そばを啜り始める。
「おいし」
「で、何かあったの?」
うどんを咀嚼しながら、問う。彼女はそばの具を箸先で弄りながら目を伏せた。頬杖をつきながら唸るように声を漏らし、間を置いて口を開けた。
「本気で好きになれる人を見つけた」
からん。手から箸が離れた。机の上に落ち、乾いた音が響く。何も返せないまま固まった私を見て、結衣が微笑んだ。
「今まで、しっくりくる人を見つけられなかったけど、やっと出会えることができた」
ここから逃げ出し、大声で泣き叫びながら高速道路を疾走したい気分に駆られた。しかし、グッと気持ちを抑え落ちた箸を震える指先で摘んだ。
なんて言って欲しいんだろう。私が今でも結衣を好きだと知っているはずだ。そんな私に、なんて言って欲しいんだろう。ぐるぐると頭の中でいろんな感情が渦巻く。
勝手に片思いしているのは私だ。勝手に彼女を好きになり、勝手に浮ついたり落ち込んだりしているのは私だ。
だから、この複雑な感情を結衣に察して欲しいとは思わない。ただ、一つだけ彼女にこう言いたい。
────本当に、酷い女だ。
私の気持ちを汲み取らない彼女に苛立ちさえ覚える。けれど、そんな女を嫌いになれない私も、私なのだ。
「……そっか。おめでと」
「うん、ありがとう」
目を細め、穏やかに微笑む彼女。不意に初めて出会った日のことが脳裏を過ぎる。学生服に身を包んだ彼女を思い出し、目の前が歪んだ。慌ててそれを隠すため、うどんを啜る。「お腹、空いてたの?」。子供に接するような柔い口調でそう言われ、腹が立った。
「ゆいちゃんはさ」
「なに?」
「私がゆいちゃんのこと、好きだって知ってるよね?」
間を置いて「うん」と返事がかえってきた。結衣は手に持った器を唇へ寄せる。
「……葵ちゃんにも、本気で好きになれる人が見つかるはずだよ」
ズズズ、と汁を啜る音が聞こえる。私は何も返さないまま、出そうになる涙を堪えた。
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