第7話 沈没

 僕たちは船室に潜り込んだ。ほぼ壁が床で天井が壁だった。砲門と人がグチャグチャになっているだろうから、この下へは行きたくない。

「逃げようとしたわよね」

「誤解だよ。呪具がどう盗まれたのか調べに来たんだ。ウラカも気になるだっ……ろ……」

 扉から飛び込んできたモッシが床を滑り落ちてきた。壁と床の区別がつかないものだから、僕たちに背中からボディアタックしてきた。

「おまえなぁ」

「目眩がするぞ」

 モッシが呟いた。たぶんへんてこな部屋に入った感覚だな。こいつは本当に聖獣なのか疑わしい。

「村長はどうするんだ」

「グレイシアの海賊について何も知らないわ。で、二人の話を聞かせてもらおうじゃないの」

「だからお宝がどこで盗まれたのか調べに来たんだ」

「頼んでないわ。それにどうして旅支度をしてるのよ」

「寝るときはこの格好なんだ」

「今度わたしも一緒に寝たときに確かめさせてくれる?」

 管理室は後部船長室のある下に配されているとのことで、壁を歩いて床を這い、扉にぶら下がっては船室の壁を駆け抜けた。階段を降りるときに手すりの隙間に足を挟みかけたが、倒れたところウラカに踏みつけられた。レイにできても僕にはできない。ラナイはさすがに鍛えているだけのことはある。ようやく後部高甲板の下にある部屋に着いた。

 保管室の前は厳重に施錠され、衛兵と特別な聖術使いの管理官が控えているが、二人とも死んでいた。

「殺されてるのか」

「刺されてるわ。扉の封印も解かれてるの。グレイシアの海賊たちね」

「どうかな」と僕。

「何?」

「メディオが逃げるための生贄だとしても手際が良すぎないか。誰も気づかないで、幾重もの教会の船の防御を抜けて盗んて他の荷船に移し替えたのか。教会の船にも誰か手引きした奴らがいるんじゃないか」

「もしかしてわたしが疑われてるのかしら」ウラカは僕を睨むように見据えた。「今回のわたしは管理部の仕事は関わってない。コロブツの呪いの解くことが任務よ。ルテイムでのことも本来はわたしは……」

「すまない。気のせいだ」

「簡単に疑いは晴れないわね。あなたの考えを聞かせてくれる?」

 僕は話すことにした。こんなことは本人に話しても意味がないことは理解していたが、疑う以上話してあかないのはアンフェアだからだ。

「メディオが幾重もの防御が施されている船にいたこと。これは誰かが招き入れたと考えられる。次に兵士が幻術に惑わされたことだ。あれほどの力は彼女にはない。他には君がレイとウラカに狙われたこと。強い術を使うことで悟られた。おしまいに今回の件で捕らえられたグレイシアの一味がメディオ一人なのはおかしい」

「わたしが何のためにグレイシアの海賊に協力するのかしら」

「すべて言わせたいんだな。グレイシアの海賊たちにグレイシアの魔具を渡すためだ。取引だよ。他のものを守るために一つを差し出した」

「すべて盗まれてるわ」ウラカは一言で反論した後、小さな溜息とともに視線を落とした。「もう一つ言える重要なことは、わたしはあなたに信じられていないこと」


 眼の前の暗い扉は封印が解かれて斜めに開いたままで、呪具を収められたと思われる箱やつづらは消えていた。また残っている呪具も傾きで隅にかたまっていた。集団で襲われた可能性があるとのことだが、個人で盗んだんなら、それこそ怖い。

「ラナイ、わたしの部屋に行って剣を持ってきなさい。そしてそれはあなたが使いなさい」

「はい。え!?」

「モッシ、船長を呼んできて」

「承りました」

 モッシは言うこと聞くのか?

 犬に呼び出された船長は驚かないのだろうか。プライド的に難がある人は船長にはなれないな。かわいく呼ぶのか。そんなことはない。

「この封印は誰が解いたの。管理部の聖術師しか解けないはずよ」

「解いてから殺された」

「他にもいたと。三人を殺したのはわたしかもしれないわね」

 ウラカは何も見ていない目で独り言のように呟いた。疑うことは嫌なことだが、僕は本人に話すことを選んだ。こうして言われた本人は抉られるような気持ちに違いない。

「教えて。異界の連中が村に現れたとき、わたしたちで戦える?」

 僕はレイと顔を見合わせた。やけに悲壮なウラカに押し倒されそうな気がした。いつもならもっと騒ぐはずなのに、今回は抑えていた。

「わたしというのはわたしとラナイでということよ。実際に戦ったことがあるのはラナイだけど」

「倒しても倒しても蘇る奴もいれば倒せない奴もいる。影だけの存在もいて混乱した。人から犬から何でもかんでもいたけど。でもわたしは退却に放り込まれただけだし。たぶんノイタ王子の指揮もあるかと」

 ノイタは指揮できるものではないようなことを話していたし、第一王子も統べる自信をなくしていた。

「数にもよるんじゃないか」

「ラナイ、頼りにしてるわ」

「船長を連れて来ました」

 とモッシ。

 日に焼けた顔が濃い髭の勇猛そうな男だ。船以外のことはわからないのではないだろうか。

「ご覧ください」

「空っぽですな。自分は積荷の管理までは任されていません。聖術使いや管理部の責任ですな」

「これらのものが数人で運べたとは思いませんので。乗員名簿をお願いしたいのですが」

「船員をお疑いですか」

「ここの管理以外に聖術が使える人はいないか知りたいのです。最終の積荷はどこで?」

「前のファレスコの港で塔の街からの荷を積みました。教会の布で覆われていましたので」

「リストは?」

「管理部の管轄です。我々は教会の一員を自負していますが、聖術や積荷に関しては知らされません」

 「ハイデルから出た後、海で何か積みましたね。夜中ひどく重い頭の芯を抑えつけるくらいの圧を感じたんですが」

「どうですかね」

「船を停めたのはあなたよ」

「船のことは我々が詳しい」

「停めたんですか?」

 僕は尋ねた。

「風のせいで停まったように思われたのかもしれませんがね」

 ウラカは傾いた船によろめきながらも船長の脇を抜けた。

「船の復旧を急いでください」

 ウラカは僕たちにも荷物を持ってくるように告げたので、船室にある必要なもの(持ち出せるもの)を持ってきた。レイは食料庫から塩漬け肉の塊を持ってきた。僕は廊下に据え付けられたハンドアックスを持ってきた。そして舟に戻ると、ウラカは沈めばいいんだわと呟いた。

「随分気前のいい船ね。食料までくれたの」

 僕は巾着を開けた。一つには金銀銅の粒が、もう一つには見たこともない宝石の粒が入っていた。

「気前がいい船だ。サーベルも持ってきたんだが、使えるのかな」

「小遣い稼ぎしてるわ。船長もくすねてるのね。これまでは多少は見逃してはいたけど」

「これは呪具なのかな」

「貸して。盗らないわよ。あなたは呪具かどうかわからないの」

 巾着はすぐ返してくれた。

 サーベルは呪具らしい。僕の力なら持っていてもいい。特にいらないと答えて、もっといいものを持ってくればよかったと教会船に向けて軽く振り降ろした。舷側が砕け落ち、同時に持っていたサーベルも砕けた。

「使い手と呪具が釣り合わないと、こうなるのよ。もうほとんどあなたたちが壊してるわ」

 僕が持ち手を捨てると、剣を抱いていたラナイが使っていいのかなと消えそうな声で聞いてきた。ラナイが使えるかどうかもあるし、使えて馴染むんなら使うべきだろう。

「これは王子の剣なんだぜ。わたしみたいな奴が使っていいのか?」

「ラナイ、君は実質ルテイム城を落とした軍の指揮官だ」

「好きでしたんじゃねえ」

 いい剣だと思うと伝えた。教会に転がっていた駄剣なんて比べものにならないくらいに使える。

「やってみたら」

 ラナイが封がされた剣を抜こうとしたところ、「ダメよ」とウラカが止めた。さすがにラナイの立場ではできないか。

「しません」

「船は必要よ。村を捨てるかもしれないときに砦になる」

「なぁてめえもあの剣は覚悟決めて使ってたのか」

「覚悟なんてない」

「何でもねえ。てめえに聞いたのが間違いだ」

 お祓いの旅に出るくらいだから覚悟なんてない。国ノ王の剣も女王の剣にも悪いことをしたような気がしないでもない。ただすでに葬られたんだから謝ることもできない。

 レイは肉の塊を一つ、もう二つは村のためにと包んでいた。こんなところは律儀にするんだよな。

「シン、レイ、ここは呪具を集めすぎていた。教会の船にも呪具の残り香がプンプンするわ。戦争の影響もあるかもしれないけど。ルテイムみたいに特異点になってるかも。この海岸のどこかで異界のバケモノが噴き出してくるかもしれない」

「わたしたちもひとまず残ることにする。わたしとシンとラナイなら何とかできるかもしれない」

「わたしも舐められたものね。メディオを追いかけて。たぶんグレイシアの子どもたちにぶつかるわ」

 僕とレイはごろたの転がる海岸で降りた。舟に残るウラカは、

「レイ、トマヤにもらった髪飾りをつけてたわよね」

「バレてたの?」

「わたしを舐めないでよ。あれは教会のものよ。左の手を出して」

 レイに手を出させると、ウラカは両手で包んだ。口の中でぶつぶつ呟いた。レイの手の甲に魔法陣が浮かんだ。だいたいそれでどこにいるかわかるはずだと。しかしノイズも入るし、永遠に保つわけではないので期待しないでと話した。

 行こうとしたとき、

「シン……」

「ん?」

「何でもないわ」

「ああ」

 教会の船に炎が見えた。

「これを持って行くか」

 ラナイがノイタの剣を渡そうとしてくれたが、僕は遠慮した。

「君のものだ。盗んだものでも買ったものでもない。君の師匠がくれたんだ。でもありがとう」

 僕は言うと、

「メディオはいい子よ」

 ウラカはせつない表情をした。今言える精一杯のことを伝えようとしているのかもしれない。

 僕はウラカに袋を渡した。

 舟が村へと遠ざかる。

 僕とレイは岩の上で見つめていたが、そうもしていられないので入り江の裏のごろたの海岸を歩いた。

「ウラカに何を渡したの?」

「ミア特製レモネードの素だ」

「ううん」

 そりゃ結界、お祓い、治癒とあんなに聖術などを使い続ければ疲れるだろうなと話した。

「船でも疲れてたのかな」レイが呟いた。「わたしもやけに冷静だなと感じてた。シンの話を聞いてウラカも何かあるのかと考えた」

「僕たちにはわからないところで一人で働いてるんだろうね」

「シンはウラカを信じてるから話したんだと思う。わたしがシンなら話せてるかどうかわからない」

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