第6話 鑑定

 女の子が金貨を出したので、ウラカは手をかざして念じた。

「これは持っていなさい」

 と返した。

 斧を持っていた男には、

「返すわ。呪いは解いた。普通の斧になるけど頑丈よ」

「尼ぁ何てことしやがる。仕事に差し支えるじゃねえか」

「海の仕事で斧がいるのか。いるとしてもてめえの甲斐性で使え」

 ラナイは持つ安い剣を太ももに軽く突き刺した。喚いている相手に生きるか死ぬか選べと脅した。

「てめえは仕事もできなくなる」

「よしなさい」とウラカ。

「失礼しました」

 ラナイは剣を抜いた。

 レイは焼け跡から拾ったカップで何やら作ると、僕に渡して隣でウラカの鑑定を眺めていた。

「苦っ」

「苦いかな」

「ん?」

「術なんて使うからよ」

「気づいてたんだ」

「夜に動くからだけど。ウラカをぶん殴ろうかと思ったわ」

「よく我慢した。話がややこしくなる」

「ミアの薬よ。飲み干してね」

 ずっと探していたのは、これだったのか。レイのリュックは焼けずに残っていた。僕のハンドアックスは黒焦げで、革ベルトは炭になっていた。リュックは誰のものかわからないものを持って来て、誰のものかわからない服を詰め込んだ。干し肉は食堂の厨房らしきところに落ちていた。厚手のシーツを裂いて外套のように縫った。僕たちは手慣れたものだった。見栄えなど気にしない。

「痛ええっ!」

 モッシに噛みつかれた男が剣を放り投げた。鎖と漁に使う網が飛んできた。鎌や銛も飛んできた。

 ウラカは次から次へと呪具を始末して、そうではないものは本人に返した。盗んだものかどうかは不問にすると約束しても、呪具の魅力に魅入られた者は何人もいた。

「大変な仕事だな」

「そだね。ウラカでもお祓いできないなんて、やっぱじいさんやばあさんは凄いのかな」

「凄かったんじゃないの?もういないけどさ。ん?どうした?」

「さっきより傾いてない?」

 僕が振り向くと、そうでもないような気がした。太陽との関係じゃないかな。レイもそうかと答えた。

「どう?」

 レイは外套をまとった。これから夜は寒くなるから厚手の方がいいねと話した。木製のコガネムシの留め金にしたのがアクセントで似合っていた。どこかで見たような。

「シンが塔の街で買ってくれた額飾りじゃん」

「まだ持ってたんだ。いつも女王様に貰った額飾りしてるから捨てたと思ってた」

「捨てるわけないじゃん。でもいろんなもの船に置いてきたわね」

「靴とか。僕はサンダルだよ。こんなんで旅はできないね」

「昔はしてたよね。船に戻れるなら戻ろう。やっぱ沈んでない?」

 舷側砲が偏って錘になっているんだろうな。こちらに沈んでいる気がしてきた。乗組員が必死で砲門を捨てていた。靴とかは諦めるか。

「沈んでるね」

 レイは火をおこした。

 食堂で出されたもの以外なら食べても大丈夫だろうと、煤けた家に落ちている魚の干物を炙って食べた。

 小さな子どもが欲しそうに見つめていたので、レイは手招きした。

「こんなのみんなでたくさん持って来て。お友だち連れて来てよ」

「怖いことしない?」

「しないしない。一緒に食べたらおいしいわよ。みんなで食べよ」

 十数人の子供が集まり、大きな鍋も手に入ると、野菜や肉を海水で煮込むことにした。煮込み終えるまでに干物を皆で分けて食べた。

 もともと生活用品は揃っているのだから、それぞれ勝手に食べた。パンを持って来る女もいて、どぶろくも持ち込まれて、皆で話した。

「あんたも教会の人かい」中年の女が小声で聞いた。「返してくれるのとくれないのと何が違うんだい」

 どういうことだろうか。皆の視線が僕の答えを待っていた。呪具について知らないのかもしれない。

 レイは呪具について話した。

 みんなは意味もわからないまま盗んでいたということだ。不定期に村を訪れるグレイシアの海賊のメディオが品を選んで、しばらくして食料など村に必要なものが届けられるということが続いていたらしい。

「メディオはどうやって荷物を持って行くんですか?」

「荷船だよ。いつもはそこの入り江付近まで来るけど、今回は何も聞いてないね。まさか捕まえられたとは驚いたがね。ヘマはしないのに」

「どういう子かわかるかな」

「あの子は行商人だよ。海賊をしているのは儂らだ。たまに村にいるときは幻術で手伝ってくれる」

 老人がかすれた声で答えた。

「仲間とかは?」

「あれを仲間というんなら仲間だろうがね。昔のことだ。グレイシアから来た海賊は逃げる時間を稼ぐために生贄を備えると言われていた。たいていは子どもだ。目立つようにして捕まえられるうちに他の首謀者が逃げるというこどだよ」

 老人の陰鬱な話を邪魔するかのように子どもが割り込んできて、メディアのことを楽しそうに話した。

「凄いお城とかの舞踏会とか見せてくれるのよ」

「俺なんて空を飛んだぜ」

 レイが「遊ぼう」と子どもたちを引き連れた。そろそろ暇を持て余したモッシに芸をさせていた。

「ここだけの話で。メディオは誰のために何をしていたんですか」

 皆が黙った。

 さっきの老人が意を決した。

「メディオはグレイシアの海賊のために働いていた。もっとも詳しいことはわからんがね。魔法使い見習いというところか。わしらが奪った戦利品を鑑定した。わしらは魔具の知識などないんでな」

「今回は教会の船を丸ごと手に入れようとしたのかもしれないのか」

 僕は海を見た。教会の船にあるものを手に入れたところでどこの誰が買うんだ。そうか。自己消費のためなら買い手などなくてもいい。

「あの子は三つ目族の末裔か。世界を支配したと言われている。わしらが生まれるもっと前のことだ」

「どうも。この話はなかったことでお願いします。メディオは幻術が得意なんですよね。観ましたか」

「わたしたちは歌を聞かせてくれたわね。キレイな声なのよね。なかなか歌ってくれなかったけど」

「僕も聞きました。奪われたときですけどね」

「災難ね。ごめんなさいね。わたしたちも生きるためなの。薬も持ってるわ。今回は買えなかったけど」

「鍋を修理してくれたわね」

「さっき怖い顔の人に返してもらえたんだけど、これもメディオから売ってもらったのよ」

 髪を少し上げた彼女は耳を近づけて青いピアスを見せた。ブレスレットや指輪も作れるということだ。

 僕は焚き火から離れてレイを呼んだ。レイはモッシを子どもと遊んで来いと蹴飛ばして近づいてきた。

「どした?」

「僕にはメディオが悪い子には思えないんだよね。なぜかわからないんだけどね。何となくかな」

 僕たちは人々に囲まれた焚き火の前で急いで旅支度をした。教会の人に見つからないように出たいと話した。入り江の向こうに行くと、左手に山を見ながら海岸線を行くことができると。舟を貸してほしいこと、返しには来れないが入り江に留めておくことを頼んだところ、好きなのを使えと。

「メディオに伝えて」

 子どもが訴えた。

「またお姫様を見せてほしい」

「空を飛びたい」

 レイは子どもたちを全員を抱き締めるようにした。左から二艘目のマストの上で鳥が毛繕いをしてる。

 縦帆を広げると、一気に速度が増した。やけに舵が重いので、暗闇に目を細めたところモッシがしがみついていた。何をしているんだ。

「着いてくるなよ。帰れよ」

「貴様らを逃がしたら、何て言われるかわからないだろうが。まだ貴様らと一緒なら言い訳が立つ」

 舟に這い上がると、全身を振って水しぶきを撒き散らした。

「本当におまえは聖獣かよ。世渡りのこと考えてるのかよ」

「どこにいくのよ!」

 気づいたウラカが叫んだ。

「もうわたしたちに構わないで」

「逃げる人のセリフじゃない」

「船の呪具を調べに行くの」

 レイは叫んだ。

「そんなこと頼んでないわよ!」

 銅褐色の鱗を持った翼竜が現れたと思うと、ウラカとラナイが翼竜ごと襲いかかろうとしてきた。

「乗れるんじゃないか!」

「ヤタは別だ!」

 教会船からの砲撃が翼竜をかすめた瞬間、鋼の尾が僕たちの舟を叩き上げた。レイ、結界!僕たちはガレオン船の甲板に食い込んだ。モッシは結界に入れず隣で衝突した。

「なぜ丸い結界なんだよ」

「イメージ!」

 モッシが縄に引っかかったのを幸いに僕たちもしがみついた。翼竜は空を向いた右舷に止まった。正確に言うとぶつかった。ラナイは「止まるのが下手なんだ」と。

「なぜそんなもんを選んだ」

「どんくさいところが好きだ」

 わからんでもない。

 船は次第に左舷が浮いて水平を取り戻しつつあるが、ラナイとウラカ降ろした翼竜は空へと飛んだ。この期に及んで砲撃してる奴はどこのどいつだ。頭も使えないのか。

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