第5話 烏

 意外にラナイはマジメだ。

 まるで僕たちがバカみたいに聞こえるかもしれないが、ウラかから相談や命令されているときのラナイは弟子になる。どこでどう間違えれば、あれほどの爆弾娘になるのか不思議だよなと、僕はレイと話しながら村への小路を降りていた。村へ入れば何とかなるだろう。ズミもモッシも一緒に来ていた。ズミはモッシの上にちょこんと乗って砲撃で崩れた村をキョロキョロ見ていた。

「貴様ら、よく平気で入ろうとできるな。何も考えてないのか」

「おまえらはこんな砲撃後の焼け野原を見て考えることあるのかよ」

「ないな」とモッシ。

「モッシはわたしたちをバカにしてるんじないの。白亜の塔から運で生きてきたんじゃないわよ。コロブツでもルテイムでも」

「言葉もない」

「だいたいルテイムで教会のせいでゴタゴタしたし、今回の渡航も嫌だと言ったのに乗せられた末、海賊に襲われるわ、遭難するわ、砲撃浴びせられるわ……まだ聞きたいか」

「遠慮しておく」

「今回はグレイシアの子どもと呼ばれる海賊が呪具を集めているせいだろう。何も考えないで集めるもんだから特異点とやらができた」

 ズミもモッシも呪具については詳しくはないと話した。そもそも二人とも呪具など必要としていないのだからしようがないと言える。あんなものを欲しがるのは、教会や共和国や海賊など力に魅入られた人だ。

「おまえたちとは違い、白亜の塔もグレイシアの魔法使いも教会も他人の力で何とかしようとしてるのが悪いんだ。呪われた力なんて普通に生きてれば必要ないもんだろうが」

 木造の建物が多く、基礎を残して壊れ、まだ燃えていた。僕は道ばたに転がった石を足で転がした。

「ルテイムで見た異界軍の剥製と同じ顔してる。やっぱいるのね」

「幻術じゃないな」

 この世界の異界へのトンネルは葉脈のように広がっていた。僕はこれでは簡単には戻ることはできないなと思った。確かにどこにつながっているのかわからない扉だ。

「どんどんシンの世界へ戻るトンネルがわからなくなるわね」

 レイが遠くを見ながら呟いた。

 僕は今はいいよと答えた。

「あのとき捕まえなければ戻れたかもしれない。考えたの。今度はわたしもぶら下がることにする」

「それはいいアイデアだ。でもそれじゃレイが戻るときどうする」

「わたしはどこでもいいかな」

 僕はボーリングの玉よりも少し小さい砲弾の表面を手で拭った。表面にまったく読めない文字が刻まれていた。指でなぞると、それに沿って文字が光るのだが、まるで何のことかわからない。残骸に沿って転がしていると、玉は地下へ通じる穴へと落ちた。焼け落ちたはしご段の奥には熱い穴だけが残っていた。

「誰かいる?」

 レイが穴に尋ねると、奥で何か動く気配がしたようだ。首を突っ込みすぎると、ちょん切られるぞ。

 レイがモッシを見た。

「俺様かよ」

 モッシは渋々穴にそろそろと飛び込むと、一人また一人とくわえて上がってきた。できるたびに「よしよし」と褒めてやると、途中で「やめてくれ」と言われた。僕とレイが手を持って引き上げた。六人の男女がいて、老夫婦と下は三人の家族とよその赤ん坊がいた。

「他にも穴はあるの?」

 白髭が煤塗れの老人が、いくつかの穴を教えてくれた。これでは人手がない。何度も穴に入らされるモッシが牙を剥いて、生きていて元気な者はそれぞれ手伝えと命じた。ズミが穴を見つけた。本人はゲームをしているようだった。ウラカは海沿いで、何も手伝うことなく転々としていたが、ラナイが一緒にいるところを見ると、何かしているようで、いつの間にかズミもウラカの近くにいた。モッシはぶつぶつ言いながら鼻で探した。しばらくして僕は奴を見つけた。そこには怯えた顔の村長がいた。禿げた頭に血がこびりついていた。死ぬ前に見せる表情だ。それまでの無表情が打って変わる。

 僕はがれきの中から煤けた剣を拾い上げて、彼の喉に突きつけた。救い出された者は、それぞれ十人くらいの単位で好きなところに集まっていた。村長も例外ではなく、彼の近くに大人や子供が一緒にいた。他と違うのは、目つきが今にも襲いかかろうとしているところだ。現に襲いかかってきた若者がいたが、レイが拳で殴りつけた。倒れたところをこれでもかと踏んづけた。石を手にして頭の近くに叩きつけた。

「毒を入れたな」

「知らない」

 数人はここを通る教会船を足止めするので、村まで曳航して来いと命じられたと話した。できるだけ歓待するようにしろと命じられたと。

「命じたのは」

「この村でいちばん偉いのは俺だからな。しかし毒は知らん」

「海賊行為もか」

「他に何ができるんだ。ここしばらく海は焼けて魚も獲れない。こうするしかない」

「生きるためにはしようがないと言うんだろうがな。教会の船なんて襲うから砲撃されるんだ」

「襲ったのは我々ではない。グレイシアの海賊だ。奴らは昔から海を根城にしているが、今は我々も奴らが何をしているのかわからん」

 レイはメディオが僕たちを殺さずに生かしておいた理由がわかるかと尋ねてきた。僕は結局は幻術しか使えていないことに尽きるんじゃないかと答えた。しかし剣や砲弾がリアルなのが村には不幸だ。

 ウラカが戻って来た。

「結界よ。ルテイムみたいにはいかないけどね。次は砲撃から逃げる暇は稼げるわ。で、どうなの?」

 僕は村長の話を聞かせた。

「毒は入れていないと」

「断じて」

「どうだかね」

 ウラカは村長を覗き込んだ。しばらく見ていたかと思うと、背を向けて離れた。そして僕にシャツの中から手紙の束を取り出して見せた。

「この手紙を誰にどうやって運んでもらおうかしら」

「僕とレイが……」

「却下」

 見渡して、

「ズミ、どこまで行ける?」

「道がわからないですから」

 つぶらな瞳で見上げた。

「ラナイ、鳥獣出せるわよね。できるだけ長く飛べて強いもの」

「それは」

「いるわね」

「は、はい」

 少し上を見て考えた後、一息込めて左手を水平に振り出した。湾に巨大な烏が現れ、旋回して頭上に戻って来た。ズミがラナイに乗っていいの?と尋ねた。いちばん賢くておとなしいから大丈夫だと答えた。僕はペットを褒められてうれしがるラナイがどこかかわいく思えた。

 煤を巻き上げて降りてきたかと思うと、手紙を持ったズミが飛び乗った。突然教会船から数門の砲撃が撃ち込まれたが、結界が防いだ。

 人々はどよめいた。

 ラナイは涙を溜めていた。

「ヤタ〜死なないで〜」

 烏は空高く舞い上がると、湾を教会船の方へ飛んでいき、頭に来たのか急降下して後ろのマストを鷲掴みに砕いて海へと出た。どこがおとなしいのかわからないし、たぶんラナイが思うほど簡単には死なん。

「これしきで泣かないの。精霊が乗ってるんだから百人力よ。帰ってくるかどうかは飼い主次第ね」

「でもわたしのヤタちゃんが」

「僕たちもあれに乗って行けばいいんじゃないのか」

「乗せるわけねえだろ。何でてめえら乗せなきゃいけねえんだ。奴は近くのもんの生気を奪うんだぞ」

 余計に死なんわ。

 この世界での賢くておとなしいとはどういうことだ。僕はレイの視線を追いかけた。マストが折れた船が次第に傾き始めて、やがて止まったまま動かなくなった。

「あれに乗れるの?」とレイ。

「ほっとけばまっすぐなるわよ」

 ウラカは船に背を向けた。まったくバカみたいに敵だと思えば撃つからこんなことになるのよ。ちょっとは頭くらい使ってよ。この聖弾も安くはないのにと愚痴った。

 聖弾なるものを拾い上げたレイは教会船に向けてぶん投げた。鉄球はモーゼの十戒も驚くほどの水柱を立てて船に吸い込まれた。

「何してくれてるのよ。せっかく結んだ結界が壊れるじゃない」

 ウラカは村の生きている人々に盗んだものを出せと命じた。皆がラナイのペットやレイの力を見せつけるた後なのでおとなしく出してきたが、隠そうと渋る者はモッシが爪と牙を立てて追い詰めた。これではどっちが強盗だかわからない。どっちもどっちか。看板掲げているかいないかの違いだけで、やっていることは同じようなもんだろう。

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