第8話 荷船

 潮が退いたので、僕たちは何とか浅瀬を渡れた。崖にわずかにある路を上がると、レイに笑われながらも岬の草むらに倒れ込んだ。別の漁村を眼下に見渡せる岬にいた。

「落ちたら助けてあげるのに」

「蛇で絞められるのは御免だ」

「イメージするとどうしてもそうなるのよね。手首に巻きつけると剣が使えないし。首なら安心だ」

 背後の岬のつけ根は雑木林があるのだが、たぶん村へと通じる道があるような気がした。ここまでの小路には生活の匂いがあるからだ。一帯を行商していたようなので、次の村で少しでもメディオのことがわかるかもしれないと、僕は淡い期待を求めつつ望遠鏡を覗いた。どうして海賊の手伝いなどしているのだろうか。グレイシアだからか。僕はレイに望遠鏡を渡し、レイの横顔を見つめていた。レイもあの村で一人で何か考えていたのだろうか。

「どした?」

「いや。一人じゃどうしようもないこともあるよなと考えてた」

「そうね。でもわたしは一人は嫌よ。二度と一人になりたくない」

 レイは村から海へ移した。

「メディオは誰かいるのかな。わたしたちはメディオの人生の一瞬しか見てない。どうしてウラカがグレイシアの海賊に協力していたの?」

「僕はウラカが海賊に協力しているとは思えないんだ。たぶんメディオのために動いたんじゃないかな」

「ウラカらしいわね」

 レイは望遠鏡を畳んだ。正式にウラカはくれていないが、また彼女の船室から盗んできたものだ。

「でもあの村へ入るのは嫌だ。沖の船も気になるし」

「わたしも。沖のずんぐりむっくりの船も気になるのよね」

 レイは額を寄せてきた。村も船もどす黒い脂のようなものに覆われている。空から窓を伝うようにドロドロと滴り落ちて、家々や路地、船や海を染めていた。

「凄いわね。わたしは黒いものが眼に見えたけど、シンは眼がないのに気づくんだもん」

「たまたまだよ。たいていいつも嫌だなと思ってるからね」

「さっきの村も上陸したときは何も見えなくて、急に見えるようになったのよね。どうしてかな」

「何となく気づいた」

「あれが砲撃した相手ね」

 レイは左手を村、海、後ろの山へと向けた。どこにもメディオがいる反応は見られない。

「村だな。荷船が村で呪具を積み込むはずだ。尋ねるだけなら、すぐに済む」

 すぐに済むと思っていても済まないのが、僕たちなんだ。村には入っていい村といけない村がある。塔の街までの初めての旅で学んだ。


 尋ねるだけなのに、なぜ朝一番に村長一派を制圧しているんだ。邸宅の廊下から廊下を巨大な蛇が蠢くたびに木造の庇や燭台が潰れた。僕はレイの隣で若い部下が落とした剣を村長に突きつけていた。ときどき蛇が僕に愛想よく舌を見せる。

「おまえら我々に逆らうとどういうことになるか知らんぞ」

 村長が絶え絶えに言うと、

「まずおまえらはわたしたちがどうなるか見ることができない」

 レイは答えた。

「おまえの持っている剣は呪われた剣だ。誰にも使いこなせるもんじゃねえ。今のうちに捨てな」

 髭面の部下が笑い、俺も同じものを持っているから斬り合いたくはないだろうと言われた。レイの蛇を数匹斬りつけただけで言うセリフでもないが、自信満々だった。

「ねえ、わたしは沖の船のことが知りたいだけなのよ。教えてくれればお礼を述べて帰ったわ。それなのになぜこんなことになっているの」

 レイ、君が朝食前の村長宅を襲撃したからだ。腹を減らした部下が駆けつけて、邸宅が騒ぎ始めた。

「わたしのせい?」レイが僕を睨んだ。「あなたならどうしたの」

「まず呼び鈴を鳴らすんだ。お手伝いが出てくる。『すみません。あの沖の船はここに来ますか?あれには乗れますか?』と尋ねる。『少々お待ちください』と呼んでくるんだ」

「後、敵に囲まれるのよ。結局同じじゃないの。それなら手っ取り早く押し込んだまでよ」

「敵とは限らない」

「入ってはいけない村なのよ」

 朝食の準備を整えた、邸宅の食堂には部下がいたし、たぶん奥さんやお子さん、お孫さんもいる。こんなところで尋問なんてひどいとは思わないか。奥さんとお子さんくらいは食堂から出してやればいい。

「今すぐに出て。女子どもにはキツイかもしれないから」レイは自分が女だと忘れてるのか。「村長様、わたしは船について知りたいの」

 レイの鞭が子どもの席の前に並んだ朝食の皿を跳ね除けた。

「てめえが」

 髭面が呪われた剣を突き入れてきたので、僕は払い除け様、二太刀目で相手の剣を砕いて、背後のフランス窓際に隠れていた男を袈裟懸けにした。窓枠ごと一人が肩から半分になっていた。持っていた呪われた剣とやらは砂粒になった。振るうごとに折れられると、使いにくくてしようがない。ここに残されているのはろくでもない剣しかない。

「動くな」

 抜いたハンドアックスを倒れている髭面に向けた。これは呪われたものでもなんでもない、火消しのために備え付けられていたものだ。

「隠さなくてえ。あなたたちはグレイシアの海賊よね。この沖を通る船から呪具を盗んでいる」

「答える気はないな」と村長。

「答えるのは一人でいいわ。薄汚い髭面か村長。どちらかを殺してしまいなさい。せっかくの朝食を汚してはいけないから外でね」

「しようがないな」

 髭面を引きずった僕はフランス窓からどこから斬ろうかなと呟きながら外に出た。てめえ狂ってやがるのか。グレイシア様が許さねえぞと叫んだ。僕は髭面を転がっている死体の上に押し倒した。そしてハンドアックスを振り下ろして、血の滴るハンドアックスと腕を手に戻った。

「まっとうな海賊の末路ね。幸せに死ねるとでも思ってたの」

 腕ほどの蛇は村長の首に巻き付きながら動いていた。いつ見ても気持ち悪い。レイの実力とともに凶暴化してるような気もする。

「グレイシアからの行商が来て買い上げてくれる。しばらく後で荷船が来て積み込む」

「わたしは村の海賊行為を責める気はないし、手に入れたものは好きにすればいい。わたしの言葉を信じるしか残されてないわ。前の村の砲撃騒ぎは聞こえていたわよね」

 廊下から妻が現れた。仕立てのいいガウンを肩に掛けていた。覚悟を決めているのか、男どもにはない険しい顔をしていた。

「僕たちはメディオという子を探してる」

「メディオ?あの子は魔具とは関係なく来ていたけど、しばらくは見ていないわ。ムウリトナかグレイシアから来ていると話してた」

 彼女は僕の持つ斬り落とした腕から目を逸らした。強気は影を潜めて青ざめていることに気づいた。

「失礼」僕は外に腕を捨てた。

「わたしたちは魔具を集めるように命じられているの。そうでもしなければ海では生きていけない」

 妻は震えを堪えていた。

「なぜ教えてくれるの?」

「わたしたちもグレイシアの下で働いているけど、まだ少しは漁師としてのプライドもあるのよ。人様のものを盗んでいいとは思わない」

「罪滅ぼしか」

「冗談を。あなたたちみたいな人にそんなことしないわ。わたしは子どもや村を守らないといけない」

「条件は」と僕。

「沖に船が漂流しているわ。こちらとしても得体の知れない漂流船に村人を行かせるわけにはいかない」

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