第10話 鳥籠



 エリュシオンに逝く人達を選定し、増やさなければならない。

 しかしエディは、次の生ではエリュシオン逝きになってほしくないと言う。

 その矛盾がどうしても理解できない僕は、エディに訊いてみた。

 すると、エディは考えるように首を傾げる。



「ルリュは、死んだら霊体になってどこに逝くか分かる?」



「エリュシオンかタルタロスじゃないの?」



「それだけではないよ。基本的にほとんどの死者は、霊庭れいていという庭に逝くんだよ。エリュシオンとタルタロスは、世界のバランスを整えながら選定しているだけ。そして、良くも悪くも進化の為に、転生先を変えられるようにしている。今回は、タルタロスとのバランスを考えて、エリュシオン逝きを選定する」



 霊庭なんてあったんだ。

 それに、進化が絡むと理解が難しい。

 僕、まだまだ知らない事ばっかりだ。



「エリュシオン逝きを選定すると、エディの言う優しいみんなが亡くなっちゃうの?」



「そうだね……ただ、徳を積むと言っても、いろいろあるよ。その中でも、自分を犠牲にはせず、知恵を使って徳を積む者や、ただひたすら神の為に動き、徳を積む者……それも見方を変えてしまえば、自己犠牲ではあるだろうけど、彼らはそうは思わないんだよ」



「本人達がそう思ってないから、エディも自己犠牲だと決めつけないようにしてるの?」



「……俺はルリュが思うほど良い神ではないよ」



 エディは地上という場所で生きた経験がなく、他の神やエリュシオンに住む者達のようには、自分の感情を制御できないのだと、ツガイになってからは何度も言っていた。

 僕を求める事で、エディは炎ノ神として相応しい姿であれるのだと言うのだ。

 僕としてはエディに求められるだけで嬉しく、エディには僕以外に興味を持ってほしくはなかった。

 しかし、風ノ神シューウとエリュシオンの話をしてから、エディの心にはエリュシオンのことがあり、ジィ様との話が終われば、僕にエリュシオンにいた頃の話をする。

 エディの庭は、エリュシオンと同じなのだろう。

 そう思えば思うほど、エディが遠い存在に感じてしまう。



 今のエディは、僕を見てるようで見てない。

 やっぱり、僕じゃ駄目なのかな。

 エディはきっと寂しいんだ。

 寂しさを僕で埋めようとしてるけど、僕じゃ埋められない。

 僕からも質問はしたけど、僕じゃどうしようもない事ばっかりだった。



「エディ、エリュシオンに行く?エディは僕を置いてどこかに行くけど、それは地上とエリュシオンでしょ?」



「そうだね。ルリュをここに閉じ込めて、様子を見に行ったりはしていたよ」



「じゃあ……行ってもいいよ。僕じゃエディの過去を埋められない。僕、ここで大人しく待ってる」



「ッルリュ!」



 僕はエディの拘束から逃れるように、不死鳥の姿を望めば、簡単にエディの腕から抜け出す事ができ、翼を力強く広げてその場からいなくなった。

 エディが僕から離れなかった理由も、エリュシオンの事ばかりを話す理由も、僕には分からなかった。

 分からないからこそ考えた結果、エディを自由にしたのだ。



 不死鳥の姿になれば、エディの庭を上空から眺める事ができ、更に上空へと行けば透明な壁にぶつかった。 



 なんだろう、ここから先は行けないみたい。

 違う方向からなら行けるのかな。



 飛んでいる間は、エディから離れた寂しさはなく、僕は反対方向へと飛んでいく。

 しかし、またしても見えない壁にぶつかり、まるで人が鳥を捕まえておく時の、鳥籠のように思えた。



 エディの庭は、僕にとっては鳥籠なのかな。

 でも、嫌じゃない。

 嫌じゃないけど、エディには鳥籠がないのが羨ましい。

 僕も自由に――



「ルリュ!」



「ピッ……ピャピャ?」



 エディの名前を呼ぶが、不死鳥姿の僕はエディの名前すら呼ぶ事ができず、エディの姿すら見つける事ができない。



「ルリュ、ルリュ……見つけた。俺の可愛いツガイ」



 その声が間近で聞こえたかと思いきや、僕の七色の炎は金色に変わり、そこから炎はエディの姿に変わっていく。

 エディの背には金色の炎の翼があり、人の耳の代わりに獅子のような耳と炎の尻尾がある。

 そして、燃える紅色の髪は金の炎が混じり、僕が地上から見ていた太陽の光に似ていた。



「ルリュ、俺から逃げるの?」



「ピャピャ!」



「それでは分からないな……姿よ戻れ。俺の望む姿に」



 その瞬間、僕は元の姿に戻り、エディは僕を抱えると、嬉しそうに微笑んだ。



「ルリュ、俺を裏切るつもりだったの?」



「違う!僕はエディが分からなくて……エディは寂しそうにするでしょ?僕じゃ埋められない。僕はエディを自由にする事しかできない」



「おかしな事を言うね。俺がいつ、ルリュでは足りないと言ったんだい?俺は何度も言ってきたはずだよ。ルリュだけが欲しいとね。それなのに、ルリュが離れてしまっては、俺はルリュを縛りつけるしかなくなってしまうよ」



 あれ?なんだろう……いつものエディだ。

 ここ最近のエディとは違う……ッ!



「ピャッ!エディ、また僕をいじめた!」



「いじめてはいないよ。ルリュの質問には答えていたし、ルリュと一緒にいたでしょ?それに、嘘は吐いてないよ」



「ピャッピャッ!僕、エディの為に我慢したのに」



 僕は寂しさから解放され、エディの手に噛みつきながら、身を任せて屋敷へと帰った。



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