第9話 水ノ神



 海というものがどういったものかは、エディから聞いていて知っているが、それでも海の生物を見た事がない僕にとって、未知の存在だった。



「エディ、僕が行ったら僕は死んじゃう?」



「それはないよ。ただ、いざという時に命の炎を燃やせなくなる可能性はあるかな。属性の影響を受けないとは言え、水ノ神ネイストがルリュの死を望み、世界の崩壊を望めばどうなるか……」



 いざという時……それって、崩壊する時に僕が死んじゃうから?エディ、ジィ様を警戒してたんだ。

 でも、ジィ様はそんな神様には見えない。

 どうしてだろう……僕もエディも、すごく大切にされてるような気がする。

 エディも分かってるよね?だから、僕の名前を呼ぶことを許してるんだ。



「ジィ様は大丈夫。そうでしょ?じゃなかった、エディはこの話をしない」



「……そうだね。水ノ神ネイストは、真ノ神が最初に選んだ神で、海の生物である水竜から神になった者なんだよ。風ノ神シューウよりも真ノ神との関わりが多く、真ノ神にとって唯一の存在」



「唯一?僕にとってのエディみたいに?」



「そうだよ。水ノ神ネイストは、真ノ神がツガイとして選んだ。そうして、水竜が水を司る神となった事で海の生物達が進化し、陸に上がるようになると、次は陸の生物が増えていき、今の世界がある。皆、死を経験し、進化を繰り返した事でさまざまな種族が増えていった」



 そう話すエディは、どこか寂しげな表情で、今にも泣きだしてしまいそうな、幼さを感じる。

 エディが寂しいのなら、僕はエディの寂しさを喜びで満たしてあげたい。

 幸福で満たしてあげたい。

 そう思いながらエディの頭を撫でてみると、エディは驚いた様子で僕を見る。



「エディ、いつもこうしてくれるでしょ?頭を撫でられると、僕は安心するんだ。安心すると、涙が出てきたりする。エディはどう?」



 僕が首を傾げれば、エディは僕を見つめたまま、ほんの少しの涙を流した。

 その涙は炎のように温かく、僕は自分のものにしようと舐めてみた。

 すると、涙はすぐに止まってしまい、僕はもう一度エディの頭を撫でてみるが、どれだけ撫でてもエディの涙は出てこなくなり、その代わりにエディが笑う。



「ふふ、そんなに撫でても、もう涙は出ないよ。俺は元々、涙というものが出ないからね」



「そうなの?エディの涙は、温かくて美味しかったのに」



 いつの間にか、二人の世界に入ってしまっていた僕達は、ジィ様の咳ばらいによって現実に戻される。

 ジィ様も、真ノ神のツガイであると、エディに知られている事に驚いていたため、思考が一瞬だけ停止してしまっていたらしい。



「メトラー、なぜ知っておる。ツガイの件は、誰も知らないはずじゃぞ」



「俺は……エリュシオンにしかいなかった。地上で生きた経験も……ないからね」



 あ、また悲しそうな顔。

 エディには笑っていてほしいのに。



「そうじゃった。すまんな、最近は物忘れが激しくてのう……しかし、エリュシオンの選定者が世界の核とツガイになるとは」



 エリュシオンの選定者?確か、エディはエリュシオンの名前を持ってた。

 でも、僕がエディのツガイなら……



「僕もエリュシオン?僕、エディのツガイだから、ルリュ・エリュシオン!」



「ッんか……かわ、可愛い!そうだね、ルリュもエリュシオンだね」



「ハハ、これはまた、可愛らしいのう」



 僕はエディに撫でられ、ジィ様も僕を撫でようと手を伸ばしてくるが、その手は届かず、代わりに水の手が僕に触れないように撫でる素振りをする。

 これによって、エディの悲しい顔を見なくて済み、ジィ様の庭へは後日行くという事で、その日は終わった。



 しかし、それからのエディは少しいつもとは違く、僕がエディにくっつく前にエディが僕を抱え、僕が行きたいところへ連れて行ってくれる。

 僕が住処に行きたいと言えば、エディが住処に連れて行ってくれ、僕の知らない場所へ行きたいと言えば、いろいろな場所へと連れて行ってくれた。

 エディの庭はとても広く、僕とエディだけでは広すぎるほどの庭。

 しかし自然は豊かで、エディが気に入っているところを教えてほしいと言えば、エディはいつもなら口にしない事を言う。



「ここは滝が絶景でね、動物達はここに集まる事が多い。それと、向こうには人魚の入り江もある。人魚と言っても、人の知識を得た魚の魔物で、人間が好きなんだよ。ただ、優しすぎた人魚は、地上で絶滅してしまったけれど」



「どうして?優しすぎると絶滅しちゃうの?弱くて絶滅するなら仕方ないけど、優しくて絶滅するのは嫌だ」



「そうだよね。優しいものが残ればいいのに……でも、そういうわけにはいかないんだよ。優しすぎるというのは、自己犠牲でもある。生存本能のない生き物は死ぬしかない。その代わり、エリュシオンに招いてあげる。俺は選定者として、そういった者達をよく見てきた。だからこそ、あそこは楽園であるべきで、苦しみから解放されてほしい。ただ穏やかに……次のせいがくるまでは、休んでほしいんだよ。そしてどうか、次に産まれる時はエリュシオンに来ないでほしい。タルタロスにも逝かないでほしい」



 また悲しそうな顔だ。

 笑ってるけど、悲しい顔。

 でも、真剣に話してくれてる。



 僕は、エディの話を聞き漏らすことがないようにし、疑問に思った事は全てエディに訊く事にした。




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