第4話 食べ物の恨み

  

 ◆へそくり

 がっくりと肩を落とす友達をなだめながら、粕原さんは淑女の社交場・デパートに戻った。少し気が大きくなっていた。

「今日は、お昼おごるわ。まあ、元気出しなよ」


 蕎麦屋やうどん屋には悪い記憶しかない。ファミレスにした。

 二人でハンバーグ定食を注文した。

 粕原さんは消費者がいかに弱い立場にあるか、体験談をもとに友人に説いた。

「大企業は横暴なんやから、あんたも気をつけんとあかんで」

 友人は頭が上がらなかった。


 図らずも、健康布団を契約した団地住民の話になった。

「あるところにはあるんや。がめつう貯め込んどる家もあるんやなあ。そんなのは団地から出て行ってほしいわ」

 友人も同感だった。


  ◆優先順位

 休憩時間が近づいていた。

 女店員が店の掃除を始めた。バタンバタンと騒々しい。

 粕原さんも、そろそろだとは思っていた。最後の楽しみに残しておいたのは、肉汁のしたたりそうな、ハンバーグの一番厚い部分だった。


 おいしいものから手を付けるか、最後に残しておくかは人生観の問題だ。

 友人は真っ先にハンバーグを平らげていた。それはそれでいい。粕原さんは高い金を払って外食するのだから、楽しみは最後まで取っておくことにしていた。


 ナイフとフォークを構え、標的を定めた。いよいよ至福の時間なのだ。

 ところが、皿がスッと動いて、粕原さんの手が空を切った。

「よろしいですか」

 店員が皿を片付けようとしていた。

 粕原さんの目がハンバーグの行方を追った。皿は無造作にワゴンに重ねられた。


 ◆土下座

「店長、呼べ!」

 人生でこんなに怒ったことは初めてだった。

「お前が店長か! 一体、どんな従業員教育しとんや」

 店長はただ頭を下げるだけだった。


「こんなに、くそほうけ(バカ)にされたのは初めてや。それとも何か。ウチに恨みでもあってやってるか。突っ立ってないで、言うてみ」

 女性店員は土下座した。しゃくりあげている。

「すみませんでした」


 粕原さんは店長を突き飛ばした。

「あないして部下が謝っとるのに、ようお前は平気でおれるな」

 店長も土下座した。


「これ、常識的には土下座くらいでは済まんで。一応、土下座して謝っとるところ、写真撮らしてもらうからな。後でごじゃごじゃ言われたら、かなわん」

 粕原さんはガラケーを取り出した。

「まあ、あんたとこの本部とも、よう相談してみ。また、来週、寄るわ」

 粕原さんはレシートを破り捨てた。


 友人は青ざめていた。とんでもない昼食になった。

「あれくらい言うてやらんと、ボンクラには分からんのや」

 粕原さんは気持ちの切り替えが早かった。友人はまじまじと粕原さんを見つめた。

「ちょっと寄って、コーヒーでも飲んで行かんで」

 粕原さんは誘ったが、友人はとてもそんな気分ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る