第2話 手玉
◆展示会
卵が切れたので、団地の前のデパートに行った。
別の棟に住む友人が、涼みに来ていた。
「知らんの? 公民館で健康器具の展示やっとって、行ったら卵とティッシュペーパー、タダでくれるで」
その友人は、この種の重大な情報を出し惜しみすることがある。前にも、教えられて行ってみると、展示会は終了していた。友達甲斐がなかった。
粕原さんは暑い中を公民館へ急いだ。一足違いで卵の配布終了ということだってあり得る。何しろ、世の中には欲の深い輩が多すぎる。
担当者が親切に案内してくれた。卵とティッシュペーパーは出口で渡していた。卵に目がくらんで来場した、と思われたくないので、上の空ながら、担当者と会場を回った。
「これは、わが社が開発した新製品で、国から医療機器の認証を得ています。特殊な光線が出ていて、睡眠中に体の悪いところに作用し、病気から回復します」
粕原さんは薄い敷布団のようなものに手を触れてみた。
「どうぞ、どうぞ。ちょっとお休みになってみてください」
担当は無理やり、粕原さんをベッドに上げた。
◆体験
担当が入り口に来場者を迎えに行った。粕原さんは一人残された。
担当が戻った。後ろに何人かの来場者を従えていた。
「どうですか。ご気分は」
どうもこうも、なかった。
「こんな布団でほんまに健康になるのかいな?」
粕原さんは思ったままを口にした。
「布団じゃありません。医療機器です。言葉に注意してください」
担当者は少しきつい口調になった。
粕原さんの頭に、何かがコツンと当たった。担当者が腰のベルトにぶら下げている携帯電話のようだった。体をひねった時、ベッドの粕原さんに当たったみたいだ。
「痛っ!」
とりあえず、声をあげ、頭を押さえた。
「失礼」
担当は新たな見学者への説明に夢中になっていた。
◆戦闘開始
(ジャパンなんとか言う会社やったな。大きなところみたいやな)
人の頭に携帯をぶつけておいて、お土産はほかの人と同じか――粕原さんの闘争本能に火がついた。
翌日、保冷剤を頭に乗せてスカーフをかぶり、粕原さんは公民館へ乗り込んだ。
「頭が痛いんやけど」
顔をしかめてみせた。
「心配やから、これから病院へ行って検査受けてくるけんな」
病院ではレントゲンを撮り、脳波も調べた。
「何の異常もないですよ。何、ちょっとした打撲でしょう。薬だけ出しておきますね」
医者は患者の痛みが分かっていなかった。なぜ、優しい言葉の一つもかけられないのか。
受付で治療費を請求された。頭に血が上った。
「ウチは被害者なんよ。なんで払わんといかんのや。金はジャパンなんとかいう会社にもらいな」
カウンターをバンバンと叩いた。奥から事務長が出て来た。
「本日のところはこのまま、お引き取りください」
やっと、話の分かりそうな人に会えた。
◆個人情報の壁
事務長から何度か電話があった。
「やっぱり、治療費は払ってください」
という。
相手に請求したのか、と訊くと
「あなたの個人情報を第三者に出すわけにはいかないのですよ」
などと訳の分からないことを言った。いくらかかったか伝えればいいだけのことなのに。
ほったらかしにしておくと、保険会社から電話があった。
診察料・検査料・薬代は保険会社から病院に支払い、見舞金として粕原さんに三万円支給するということだった。
三万円は、もう少し釣りあげてもよかった。ただ、暑い中を卵やティッシュペーパーのために、ぞろぞろ公民館に集まる庶民のことを思うと、バチが当たりそうな気がした。人間、欲をかいてはいけない。
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