第5話 人の命の生まれ方

「それが、人の子作りについて、聖都の方々に一切口外しないことなのです……」


 自分の生い立ちを語り終え、ヤグラはそう結んだ。


「お前男だったのかよとか、お前の国どうなってんだよとか色々聞きたいことはあるが───今アタシがもっとも気になってるのは“子作り”って言葉だ。何だそれ?」


 ロトレが心底不思議そうに首を傾げる。


「子どもを……作る? 子どもは祈りによって産まれるものではないのですか?」


 顎に手を当てルアナも眉を寄せた。


 少女二人に迫られ、敗北宣言のように両手を上げヤグラは後ずさった。冷や汗をかきながら、顔を青くして、酷く気まずそうに。


「ああ〜やっぱりそうですよねそうなりますよね……。実際この聖都では、何故か本当に夫婦が祈りを捧げることで、最寄りの聖堂に子どもが生まれているのですから……。でもボクの出身地である東の島では───というかおそらく聖都以外の国では、男女が交わることで子が成されるのです……」

「まじ、わる……?」


 言葉の意味がピンとこないらしい。ロトレが悩む間にも、ルアナはものすごい勢いでヤグラに食いついた。


「交わるとは具体的にどういうことです? そんなあやふやで抽象的な言い方でこのわたしが納得などしないことは身ぐるみ剥がされた6歳の時にすでに体験済みでしょうあなた! ほら言いなさい吐きなさい! なぜ! 男と女でなければならないのです! 交わる場所、いや部位は具体的に───」

「凄いすごい圧がすごすぎる! ちょっと落ち着いてくださいルアナ様、ですからボクは制約を───」

「交わるっていうのは物理ですか!? 物理的にどこをどう交わらせるのですか───」

「落ち着けっつってんだろッ!!」


 ヤグラが上げた怒声に、ロトレもルアナも驚いて縮み上がった。


 ――ヤグラのこんな声、初めて聞いた……。


 きっと普段のヤグラの声が作り物の女装時のもので、こちらが本当のヤグラの地声なのだろう。

 主人に地声を聞かれ気まずそうに咳祓いをし、ヤグラはいつもの高い声で話を続けた。


「おほん。……あのですね、どうやらこの聖都では、人の出生にまつわる情報にかなーりの膜がはられているようなのです」

「膜? 膜が交わることと何か関連があるのですか?」

「主人の察しが良すぎて怖い! というかルアナ様って昔からそういう方面の興味が凄かったですよね。ボクの身ぐるみ剥がしたり、一緒にお風呂入って男女の体の違いにやたら食いついてきたり……」

「ルアナそんなことやってたん? 不浄すぎる。そりゃ聖女なんて不向きだわ……」

「何ですロトレさん、あなたまで人を聖女適正ゼロみたいに言って! それに話が逸れていますよ! わたしが今知りたいのはっ」

「そうですね、軌道修正しときましょうか……。つまりですね……」


 言葉を選ぶようにしながら、ゆっくりとヤグラは言った。


「ボクが思うに、聖都での人の出生はおそらく他国とは違う方法で行われている。それはきっとこんな風に、試験管や器具を使って、人為的に交わるような感じで……。だからボクらのような異邦人が、それ以外の方法で人が出生することを勝手に口外しては困るようなのです。───そこで入国時、ボクら入国者は聖都で他国流の子作りについて口外した場合、罪人として裁かれ……最悪極刑だと口を酸っぱくして入国審査官の方から教わりました。ですから……」


 つまりここでヤグラが秘密を漏らしたことが知られれば、彼の破滅に繋がると言いたいわけだ。

 ルアナは苦笑した。


「もう10年以上の付き合いになるんですよ、ヤグラ。あなたが制約を破ってもわたしは絶対に誰にも言いません。例えあなたが罪に問われる危機にさらされても、この大聖女が守ってみせましょう」

「ルアナ様……」


 全幅の信頼を乗せた視線をルアナに向けた後、ヤグラは気まずそうにロトレを見た。

 まるで心外とでも言わんばかりにロトレが腰に手を当て抗議する。


「おいおい、まさか疑う気? アタシだって口外しないさ。それに錬金術を突き詰めるなら、どうせその“聖都特有の人の出生”について知ることになるんだろうからね。なら、今のうちに予習しておけばアタシってば優等生じゃね?」


 調子者のような口調で、ロトレはにっと笑った。

 ヤグラは安心したようにほっと胸をなでおろし、声を潜めて口を開く。


「主人が良いご友人に恵まれたことに感謝します。では、良いですか、お二方。これからボクが話すことは一切、他言無用で───」


 ***


「何ですってそんなことが!? どこから分泌されてどこへ挿入及び注入されるですって? あの器官はそのためにあのような形状を!? だから子作りは男女でなくてはならないと!?」


 ヤグラいわく“他国流の子作り”を聞いてから、ルアナは大興奮の坩堝(るつぼ)だった。


「やっぱりルアナ様エキサイトしちゃいましたね……こうなることは分かっていましたが……」

「だってにわかには信じられませんもの! ああでも、確かに納得ですねっ。だってわたし半年ほど前の休暇のとき、こっそり帰郷してお母様やヤグラたちを驚かせようと、深夜に使用人さんのいる東館から屋敷に戻ったら――窓から見ちゃったんですよね。ヤグラが自室のベッドの上で……わたしの名前を呼びながらお腹の辺りから何らかの液体を――」

「あ゛ああああああああッッ!!」


 太い声で絶叫し、ヤグラは頭を抱えて屈み込む。

 それでもルアナの猛追は止まらない。


「ねえねえヤグラ、もしかしたらあのときの液体がこの試験管たちに入ってる液体と関連があるのでは? というかそもそもあの液体とイコールなのでは!? ところでヤグラは何故わたしの名前を呼んでいたんです? 異性の名前を呼ばないと分泌されない液体なのですか――」

「やかましいッ黙れッ!」太い地声で真っ赤になりながら怒鳴り、ヤグラは深呼吸した。「だまっ――だっ……少しお静かに願いますルアナ様。あなたには恥じらいというものが――」


「――そうだよ、恥じらいも慎みもない。明らかにそりゃ“不浄”だ」


 突如ひやりとする冷たい声が飛び込んできて、ルアナの興奮もヤグラの羞恥心も吹き飛んでしまった。

 声の主はロトレだった。不機嫌そうな顔をして腕を組み、苛立ちを隠そうともせず吐き捨てるように言う。


「なるほど、納得だ。外の国ではそんな不潔で不浄な、神秘の欠けらも無い野蛮なやり方で子どもを設けていたなんて。そりゃあ聖都じゃご法度なはずだし、アタシも反吐が出る。だって祈りがなくても、然るべき場所に然るべき力が加わるだけで子どもが生まれるなんて。心や意思がなくても命を生み出せるなんて、あって良いわけがない。それこそ、悪魔が好みそうな下品な行いだ」

「ロトレ、何もそこまでこき下ろすことないでしょう。確かに聖都には似つかわしくない行為ですが、他国の文化をそう非難するのは───」


 たしなめるように言いながら、ルアナは目を見開いて友人の顔を見た。


「───非難……ロトレ。あなたらしくない。何にでも好奇心旺盛なあなたが、異文化に悪意を持つなど……」


 不機嫌が理由だとばかり思っていた、俯き加減のロトレの顔が持ち上がる。

 瞬きをして次に開かれた瞼の奥からは――いつものチャーミングなチェリー色の瞳ではなく、石灰色の、光のない瞳が宿っていた。

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