第12話 揺るぎない愛

 紅葉が色づき始めた山々を眺めながら、美咲と隼人は電車に揺られていた。二人で初めての温泉旅行。仕事の忙しさから離れ、ゆっくりと二人の時間を過ごす貴重な機会だった。


「やっと来れたね」


 美咲が窓の外を見ながら言った。


「ああ、楽しみだ」


 隼人も穏やかな笑顔を浮かべた。

 宿に到着すると、二人は早速温泉に向かった。湯船に浸かりながら、美咲は深いため息をついた。


「ああ、気持ちいい」


「本当だね」


 隼人も目を閉じ、湯の温もりを感じていた。


 夕食は部屋で。地元の新鮮な食材を使った料理に、二人は舌鼓を打った。


「美味しい!」


 美咲が目を輝かせる。


「うん、最高だ」


 隼人も満足げに頷いた。


 食事が終わり、二人は縁側に腰を下ろした。星空が美しく広がっている。


「ねえ、隼人さん」


 美咲が静かに呼びかけた。


「なに?」


「子供の頃の話、聞かせて」


 隼人は少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しい表情になった。


「そうだな……僕は田舎で育ったんだ」


 隼人は幼少期の思い出を語り始めた。自然に囲まれた環境、厳しくも愛情深い両親、そして建築への興味が芽生えた瞬間。

 美咲は熱心に聞き入った。


「素敵な子供時代だったのね」


「うん、恵まれていたと思う」


 隼人は懐かしそうに微笑んだ。


「美咲はどうだった?」


 今度は美咲が自分の幼少期を語る番だった。本好きだった幼い頃、両親の離婚、そして編集の道を選んだきっかけ。


「大変なこともあったんだね」


 隼人が美咲の手を優しく握った。


「うん、でも今は幸せだよ」


 美咲は隼人の目をまっすぐ見つめた。

 互いの過去を知ることで、二人の絆はさらに深まった気がした。


 翌日、二人は近くの山を散策した。紅葉の美しさに見とれながら、将来の夢について語り合う。


「いつかプリツカー賞をとりたいんだ」


隼人が真剣な表情で言った。


「すごい!素敵な夢ね」


美咲は目を輝かせた。


「美咲は?」


「私は…国際的な文学賞を取るような作家を発掘したいな」


「きっと叶うよ」


 隼人が力強く言った。


「隼人さんの夢も、絶対に叶うわ」


 二人は互いの夢を応援し合い、その実現に向けて頑張ろうと誓い合った。


 しかし、すべてが順調というわけではなかった。夕食の際、些細なことから意見が食い違った。


「やっぱり、都会の方が便利だと思うんだ」


 隼人が言った。


「えー、でも自然があった方が豊かな生活ができるわよ」


 美咲が反論する。

 議論は次第に熱を帯びていった。しかし、ふと二人は自分たちの姿に気づいた。


「ごめん、少し興奮しすぎたかも」


 隼人が謝った。


「私も。でも、こうやって意見を言い合えるのって素敵だと思わない?」


 隼人は美咲の言葉に、はっとした。


「そうだね。お互いの考えを尊重しながら、理解し合える関係がいいよね」


 二人は笑い合い、抱き合った。意見の相違があっても、それを乗り越えられる。その確信が、二人の絆をさらに強くした。


 最終日、二人は温泉街を散策した。お土産を選びながら、会社での今後について話し合う。


「やっぱり、正直に話した方がいいと思う」


 美咲が言った。


「うん、隠し立てしても良くないしね」


 隼人も同意した。


「でも、プロフェッショナルとしての姿勢は崩さないわ」


「もちろん。仕事はしっかりと」


 二人は、会社に戻ったら上司に正直に関係を伝え、理解を求めることを決意した。


 帰りの電車の中、美咲は隼人の肩に頭をもたせかけた。


「楽しかったね」


「ああ、最高の時間だった」


 隼人は美咲の手を優しく握った。「美咲、ありがとう」


「え?何が?」


「君と出会えて、本当に良かった」


 美咲は顔を上げ、隼人の目をまっすぐ見つめた。


「私こそ、隼人さんと一緒で幸せです」


 二人は互いをかけがえのない存在として、強く抱きしめ合った。


 東京駅に着き、別れる前に二人は改めて向き合った。


「明日から、また頑張ろう」


 隼人が言った。


「うん、一緒に乗り越えていこうね」


 美咲が応えた。

 最後のキスを交わし、二人はそれぞれの家路についた。しかし、心はいつも一緒だった。


 美咲は家に着くと、旅行の思い出を日記に綴った。


『隼人さんとの時間は、かけがえのないものになった。互いの過去を知り、未来を語り合い、時には意見が食い違うこともあった。でも、そのすべてが愛おしい。これからも一緒に成長していきたい』


 一方、隼人も自宅で旅行を振り返っていた。


「美咲との旅行で、改めて彼女の大切さを実感した。互いを理解し、支え合い、高め合える関係。これこそが、本当のパートナーシップなんだ」


◇◇◇


 翌日、二人は新たな決意を胸に出社した。オフィスに入る前、二人は軽くキスを交わした。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 それは、互いへの信頼と愛情の証だった。

 これからも困難は続くかもしれない。しかし、美咲と隼人は互いを信じ、支え合いながら、一歩ずつ前に進んでいく。その先には、二人で描いた夢と幸せが待っている。

 温泉旅行で深まった絆は、二人の心の中で静かに、しかし力強く輝いていた。それは、どんな試練も乗り越えられる、揺るぎない愛となっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る