第5話 隠された情熱

 土曜の午後、美咲は自宅のデスクに向かっていた。締め切りの迫ったプロジェクトの資料に目を通しながら、ふと携帯が震えた。画面を見ると、隼人からのメッセージだった。


『佐藤さん、資料の件で確認したいことがあります。明日、少しお時間よろしいでしょうか?』


 たったそれだけの業務連絡なのに、美咲の心臓は高鳴った。返信を送ろうとする指が震える。


『はい、大丈夫です。何時頃がよろしいですか?』


 送信ボタンを押した瞬間、美咲は深いため息をついた。


「私、どうしちゃったんだろう……」


◇◇◇


 月曜日、オフィスで莉子を見つけるなり、美咲は声をかけた。


「莉子、ちょっといい?」


「どうしたの?珍しく真剣な顔して」


 二人は給湯スペースに向かった。美咲は躊躇いながらも、隼人への想いを打ち明けた。


「わかってたことだけど、やっぱりね」


莉子は嬉しそうに笑った。


「でも、仕事に支障が出るかもしれないし……」


「大丈夫よ。むしろ素直になった方がいいわ」


 莉子の言葉に、美咲は少し勇気をもらった気がした。


 その日の午後、美咲は会議室で資料をまとめていた。ふと顔を上げると、向かいの席で真剣な表情で仕事をする隼人の姿が目に入った。

 柔らかな髪、凛とした眉、真剣なまなざし。美咲は思わず見とれてしまう。


 そして、妄想が始まった。

 あの優しい手で抱きしめられたら。その唇で口づけされたら。


「佐藤さん?」


 隼人の声で我に返った美咲は、顔が真っ赤になるのを感じた。


「あ、はい!何でしょうか」


「大丈夫ですか?顔が赤いですよ」


「い、いえ、大丈夫です」


 慌てて視線を逸らす美咲。隼人の優しい眼差しに、さらに動揺してしまう。


◇◇◇


 週末、プロジェクトの中間発表が無事終了し、チームで小さな打ち上げが行われた。


「佐藤さんのプレゼン、素晴らしかったです」


 隼人が笑顔で美咲に語りかける。


「いえ、黒川さんのバックアップがあったからこそです」


 グラスを傾けながら、二人の会話は仕事を離れ、趣味や将来の夢へと広がっていく。隼人の優しい眼差し、柔らかな物腰に、美咲は心を奪われていった。


「佐藤さんって、本当に仕事熱心ですよね」


「黒川さんこそ、プロフェッショナルだと思います」


「いえいえ、佐藤さんの情熱には敵いませんよ」


 言葉を交わすたびに、美咲は心臓が早鐘を打つのを感じた。この人となら、仕事も恋も、すべてを共に歩んでいけるかもしれない。そんな思いが、美咲の心の中で大きくなっていく。


 パーティーが終わり、美咲が一人で帰ろうとしたとき、隼人が声をかけてきた。


「佐藤さん、送っていきましょうか?」


「え?でも……」


「ほら、こんな遅い時間ですし」


 タクシーに乗り込む二人。狭い空間で隼人の体温を感じ、美咲は緊張で固まってしまう。


「佐藤さん、今日まで本当にお疲れ様でした」


 隼人の優しい声に、美咲は心が溶けそうになる。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 家に着き、美咲が降りようとしたとき、隼人が美咲の手を軽く握った。


「また明日からも、頑張りましょう」


 その温もりと言葉に、美咲は自分の気持ちを明確に自覚した。これは紛れもない恋心だった。

 家に入るなり、美咲は日記を取り出した。気が急くままにペンを走らせる。


『今日、私は確信した。隼人さんのことが好きだ。でも、この気持ちをどうすればいいのか分からない。仕事仲間として、一線を越えてはいけないのかもしれない。でも、この想いは抑えられそうにない……』


 ベッドに横たわっても、隼人のことが頭から離れない。目を閉じれば、彼の優しい笑顔が浮かぶ。

 もし付き合うことになったら。休日は一緒に出かけたり、家でゆっくり過ごしたり。仕事でも互いを高め合える関係。結婚して、家族を持つ未来さえ想像してしまう。


「ダメよ、美咲」


胸の前でぎゅっと手を握り合わせ、自分に言い聞かせる。


「まだ何も始まってないのに」


 それでも、隼人との未来を想像すると、胸が熱くなる。この気持ち、どうすればいいのだろう。

 夜が更けていくにつれ、美咲の想いは募るばかり。明日、オフィスで隼人に会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。

 眠れない夜は続き、美咲の心は揺れ続けていた。

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