第3話 親友の後押し

 オフィス近くのカフェテリアで、美咲は親友の莉子とランチを共にしていた。サラダをつつきながら、美咲は何度も時計を気にしている。


「ねえ、美咲」


莉子が声をかけた。


「最近、様子が変わったわね」


「え?」


美咲は驚いて顔を上げた。


「そう?」


「うん。なんだか落ち着きがないというか……」


莉子は美咲をじっと見つめた。


「もしかして、誰かいい人いるの?」


 美咲は慌てて首を横に振って否定する。


「そんなことないわよ。仕事が忙しいだけ」


 しかし、莉子はニヤリと笑った。


「嘘。私には分かるわ。黒川さんでしょ?」


 美咲は思わず顔を赤らめた。


「な、何言ってるの。黒川さんとは仕事の関係よ」


「ふーん」


 莉子は信じていない様子だった。


「でも、黒川さんの名前を聞いただけで顔が赤くなってるわよ」


 観念した美咲は、ため息をついた。


「……そんなに分かりやすい?」


「ええ、まるで恋する乙女よ」


莉子は嬉しそうに言った。


「で、どうなの? 進展は?」


 美咲は首を横に振った。


「ないわよ。仕事上の関係だし……」


「でも、好きなんでしょ?」


「……うん」


 美咲は小さく頷いた。


「でも、どうしていいか分からなくて」


 莉子は優しく微笑んだ。


「私も似たような経験あるわ。以前の職場で上司と恋に落ちたの」


「え? 知らなかった」


 美咲は驚いた。


「うん、最初は戸惑ったわ。でも、思い切って告白してよかった」


 美咲は不安そうな顔をした。


「でも、仕事に影響したりしなかった?」


「確かに大変なこともあったわ。でも、お互いを理解し合えたからこそ、仕事もうまくいったのよ」


 美咲は黙って考え込んだ。隼人への想いは確かにあるが、仕事への影響を考えると躊躇してしまう。


「今度、黒川さんを交えて飲み会しない?」


 悩む美咲の耳に莉子の言葉が飛び込む。


「え?」


美咲は驚いた。


「でも……」


「大丈夫よ。私が企画するから。新プロジェクトが進んできた慰労会ってことで」


 莉子の言葉に美咲は迷った。隼人と仕事以外で会う機会。それは嬉しくもあり、怖くもあった。


「どうしよう……」


「チャンスは逃しちゃだめよ」


 莉子は強く言った。


「……分かったわ。行く」


 結局、美咲は渋々承諾した。


「そうそう、その調子!」


 莉子は嬉しそうに手を叩いた。


 その日の夜、美咲は家でベッドに横たわりながら、飲み会のことを考えていた。隼人と仕事以外で会う。その想像だけで胸が高鳴る。


「でも、どう接すればいいの?」


 美咲は天井を見つめながらつぶやいた。普段の仕事モードでいいのか、それともカジュアルな態度をとるべきか。考えれば考えるほど、不安が膨らんでいく。

 美咲は携帯を手に取り、莉子にメッセージを送った。


『やっぱり、やめた方がいいんじゃないかな……』


 すぐに返信が来た。


『ダメよ! 絶対にやるわよ。美咲にとってもいい機会だから』


 美咲はため息をついた。莉子の言う通りかもしれない。でも、本当にこれでいいのだろうか。


◇◇◇


 数日後、飲み会の日がやってきた。美咲は何度も鏡の前で服を確認した。


「カジュアルすぎず、フォーマルすぎず…」


 結局、シンプルなワンピースを選んだ。

 会社を出る時、莉子が美咲に声をかけた。


「頑張ってね。自然体でいけば大丈夫よ」


 美咲は弱々しく笑った。


「うん、ありがとう」


 電車に乗りながら、美咲は緊張で手が震えるのを感じた。


「落ち着いて、美咲」


 自分に言い聞かせる。


「ただの飲み会よ」


 しかし、頭の中では様々なシナリオが駆け巡る。うまく会話ができなかったらどうしよう。変な態度を取ってしまったら…。

 駅に着くと、美咲はゆっくりと歩き始めた。会場までの道のりが、妙に長く感じる。


「深呼吸、深呼吸」


 通りを曲がると、目的の居酒屋が見えてきた。美咲は立ち止まり、もう一度深呼吸をした。


「よし、行こう」


 ドアを開け、店内に入る。すでに数人が来ているようだ。


「あ、佐藤さん」


 その声に、美咲は顔を上げた。そこには、優しく微笑む隼人の姿があった。


「お疲れ様です」


隼人が近づいてきた。


「今日はゆっくり話せそうですね」


 美咲は隼人の瞳を見つめたまま、言葉が出てこなかった。心臓が高鳴り、頬が熱くなるのを感じる。

 この時、美咲は確信した。自分の中に芽生えた感情が、単なる好意ではなく、もっと深いものだということを。

 そして、この夜がどんな展開を見せるのか、美咲にはまだ分からなかった。ただ、隼人の優しい笑顔を見ていると、不思議と勇気が湧いてくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る