第2話 心に芽生える想い

 美咲は机に山積みの資料に埋もれながら、新しい出版プロジェクトの準備に没頭していた。画面に映る文字の海を睨みつけ、時折メモを取る。時計の針が深夜を指す中、彼女の集中力は衰えを知らなかった。


「よし、これでだいたい……」


 つぶやきながら伸びをした瞬間、スマートフォンが震えた。差出人を確認すると、黒川隼人からのメールだった。

 美咲は思わず、画面に映る隼人の名前をじっと見つめてしまった。初めての打ち合わせから一週間。彼女の頭から、隼人の姿が離れることはなかった。

 翌日、会議室で隼人と再会した美咲は、妙に緊張していた。


「おはようございます、佐藤さん」


 隼人の柔らかな微笑みに、美咲は思わずドキリとする。


「お、おはようございます」


 打ち合わせが始まると、二人は自然とペースを合わせていった。美咲が提案すると、隼人がそれを発展させる。隼人のアイデアを美咲が編集の視点から磨き上げる。


「さすが佐藤さんですね。鋭い視点です」


 隼人の言葉に、美咲は頬が熱くなるのを感じた。


「いえ、黒川さんのアイデアがすばらしいから…」


 議論が白熱する中、美咲は隼人の仕事への姿勢に惹かれていった。真摯な態度、的確な判断力、そして何より、相手の意見を尊重する姿勢。それは美咲の理想そのものだった。

 打ち合わせが終わり、美咲が重そうに資料を抱えているのを見た隼人が声をかけた。


「お手伝いしましょうか?」


「え? あ、いえ、大丈夫です」


 戸惑う美咲だったが、隼人はさりげなく資料の半分を持ってくれた。


「ありがとうございます」


 エレベーターに乗り込みながら、美咲は隼人の優しさに心を揺さぶられた。


◇◇◇


 数日後、プロジェクトの中間発表を終えた二人は、小さな達成感に浸っていた。


「佐藤さんの熱意には本当に感心します」


 隼人の言葉に、美咲は照れくさそうに微笒んだ。


「黒川さんこそ、素晴らしいプランでした」


 互いを称え合う二人の間に、不思議な空気が流れる。仕事仲間以上の何かを感じながらも、気付かぬうちに二人とも一線を越えまいと必死になっていた。


◇◇◇


「美咲、最近様子が違うわね」


 ある日、同僚の莉子に言われ、美咲は思わずぎくりとした。


「え? そう?」


「うん、なんだか目がキラキラしてるっていうか…」


 莉子の言葉に、美咲は慌てて否定した。だが、自分の心の変化を感じないわけではなかった。


 その夜、美咲は自宅のソファでぼんやりとしていた。頭の中には隼人の姿が浮かんでは消える。優しい笑顔、知的な瞳、柔らかな声…。


「ダメよ、仕事上の関係なのに」


 そう自分に言い聞かせながらも、胸の高鳴りは収まらない。

 美咲は深いため息をつきながら、天井を見上げた。これまで恋愛とは無縁だと思っていた自分の中に、確かに芽生えつつある感情。それは期待と不安が入り混じった、甘く切ないものだった。


「どうしよう…」


 つぶやきながら、美咲は目を閉じた。明日また隼人と会う。その想像だけで、心臓の鼓動が早くなる。

 仕事と恋。プロフェッショナリズムと感情。相反するものの間で揺れ動く美咲の心は、まだ答えを見つけられずにいた。

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